農業利益創造研究所

収入・所得

子牛価格は肉用牛経営にどのような影響を与えたか

個人情報を除いた2023年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家11,655人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

昨今の物価高で農業経営も厳しさが増している中、昨年の子牛価格は低調でした。以下の図は、(独)農畜産業振興機構が開示している子牛価格の推移です。この3年間で平均価格が約25%低下しており、価格が大きく落ち込んでいることがわかります。子牛価格は繁殖農家にとっては販売金額、肥育農家にとっては素畜費と両経営体に大きく影響を及ぼすものですから、当然このような大きな価格変化は経営にも影響を及ぼしているはずです

今回は、子牛価格の低下が繁殖経営と肥育経営にどのような影響を与えたかを見てみます。

繁殖経営

以下は繁殖経営の概要です。尚、繁殖と肥育の区分は、肉牛農家324件のうち「農産物以外の棚卸高」が「販売金額」と比べ比較的高い経営体(上位25%)を肥育経営とし、低い経営体(下位25%)を繁殖経営としました。

2022年
(71件)
2023年
(81件)

(10件)
収入金額合計23,19220,312-2,880
 うち販売金額18,75115,952-2,799
 (うち肉用牛販売高)16,89314,483-2,410
 うち雑収入4,1024,13230
費用合計20,77918,389-2,390
 うち素畜費1,1241,064-60
 うち飼料費7,2106,781-429
 うち減価償却費4,1673,775-393
 うち荷造運賃手数料943634-309
 うち育成費用1,3611,268-93
うち期首農産物以外の棚卸高478632154
うち期末農産物以外の棚卸高502671169
世帯農業所得2,4131,924-489
世帯農業所得率10.4%9.5%-0.9%
2022年
(71件)
2023年
(81件)

(10件)
現金・預金5,6274,819-808
未収穫農産物等87892648
育成牛2,2202,346126
建物・構築物6,6875,699-988
農機具等6,1865,463-723
果樹・牛馬等4,2093,823-386
買掛金559438-120
借入金7,8679,9182,051

※金額の単位は千円。

さて損益状況を見ると、2023年は前年より世帯農業所得と所得率がわずかに低下しています。所得金額が減ったのは販売金額の2,799千円の低下が大きな要因としてあげられますが、費用も総じて下がっているので所得率の低下は小幅にとどまりました。

つまり販売高だけが大きく減少しているわけではないので、ここからは子牛価格の低下が経営に及ぼした影響ははっきりとは確認できません。子牛価格の低下で経営が悪化したというよりは、物価高や不景気により規模自体が小さい農家が増えたという見方の方が無難かもしれません。これは資産の残高も概ね小さくなっていることからもいえますが、借入金だけは2,051千円と大きく増加しています。所得や所得率の僅かな低下よりも、この財務状況の悪化が非常に気になるところです。

肥育経営

次は肥育経営を見てみます。

2022年
(71件)
2023年
(81件)

(10件)
収入金額合計80,23968,376-11,863
うち販売金額70,41757,514-12,903
(うち肉用牛販売高)67,16053,875-13,285
うち雑収入9,68710,7251,038
費用合計72,64363,036-9,607
うち素畜費23,64419,175-4,470
うち飼料費28,80624,753-4,052
うち減価償却費3,2722,950-322
うち荷造運賃手数料3,9333,198-735
うち育成費用653521-131
うち期首農産物以外の棚卸高67,20455,044-12,160
うち期末農産物以外の棚卸高66,62653,340-13,286
世帯農業所得7,5965,340-2,256
世帯農業所得率9.5%7.8%-1.7%
2022年
(71件)
2023年
(81件)

(10件)
現金・預金15,22317,3052,082
未収穫農産物等52,71441,802-10,912
育成牛3,4892,789-700
建物・構築物10,5616,662-3,900
農機具等6,6195,097-1,522
果樹・牛馬等2,3903,121731
買掛金2,9873,391404
借入金34,48626,449-8,037

※金額の単位は千円。

肥育経営も所得金額だけでなく所得率も落としています。それも繁殖経営よりも大きく低下しています。子牛価格の低下は肥育経営にとっては追い風要因のはずなので、これはどういうことでしょうか。確かに素畜費は4,470千円も低下していますが、販売金額も12,903千円と非常に大きく減少しており、このため所得金額や所得率が低下しています。

但し、低下しているのは素畜費や販売金額だけでなく、飼料費をはじめ費用全体も低下しており、財務状況を見ても総じて前年より縮小しています。これは繁殖経営と同様に、経営が悪化したというよりは経営規模が小さい経営体が増えたからと言えそうです。

尚、財務状況を見ると、現金・預金が増加し、借入金が大きく減少していますので、ここは繁殖経営と異なり財務的には大きく改善されています。

以上の通り、今回のデータからは肥育経営においても子牛価格の低下の影響はあまり確認できませんでした。

最後に

今回の調査からは、子牛価格の変化が、繁殖、肥育両経営の損益にほとんど影響を及ぼしていないことが解りました。これは当初の予想とは大きく異なる結果です。但し、2022年と2023年の経営データ全般に大きな差があるため、標本データの構成が2022年と2023年でかなり異なっているのではないかとの疑いも生じます。このため子牛価格の変化が、標本データの構成の変化に“飲み込まれて”しまって、経営への影響が見えなくなってしまったのではないかとも思えます。

これら標本データは農業簿記ユーザーのデータですので、1年で構成が大きく変わることは通常考えにくいのですが、コロナ禍を含めたこの数年の肉用牛経営の不振から、経営体の入れ替えが大きく起こっている可能性も否定できません。

機会があれば再度、子牛価格と肉用牛経営の関係を調べてみたいと思います。

南石名誉教授のコメント

今回の分析では、子牛価格は肉用牛経営にどのような影響を与えたか、を明らかにしようとしましたが、事前に想定されたような経営損益への影響はみられなかったようです。

ただし、分析したデータをみると、繁殖および肥育の両経営において、2023年の収入金額、費用合計、世帯農業所得などが2022年よりも減少しています。これは、財務状況の明らかな変化と言えます。

こうした変化が、子牛価格の下落による直接的な影響という説明(理屈)は難しいですが、間接的な影響も含めて無関係というデータ(証拠)も今のところありません。さらなる検討が待たれます。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所