
個人情報を除いた2020年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家16,590人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
2019年度の分析では、都道府県別の稲作の所得ランキング「稲作農家の所得が高い都道府県はどこ?まさか米どころ新潟県が...」と所得率ランキング「全国で稲作農家の所得率が一番高い都道府県はなんと〇〇県!」をそれぞれ分析・発表いたしました。
今回、2020年度の簿記データを分析するにあたって、前年度と比較しての順位や金額の変動に着目しました。47都道府県について、どのような傾向が見られるのでしょうか。
2019年度・2020年度の稲作農家の所得・所得率変化
こちらの表は、2020年度の平均所得額と平均所得率の47都道府県内の順位と、2019年度と比較しての順位の推移、所得・所得率の増減を都道府県別に表したものです。
※全体のデータ件数は2019年1,378件、2020年2,553件です。
ただし、2019年度、2020年度の双方にてデータ件数が20件を下回っている都道府県は、集計から除外しているため、実際は18道府県のデータとなっています(2020年度2位の京都府は、2019年度のデータが20件を下回っていたため、前年度比較がありません)。
たとえば、岩手県の平均所得は「順位15、推移↓4、値の増減-794,040円」とありますが、これは「岩手県の2020年度の平均所得は47都道府県中15位、これは2019年度と比べて4ランクダウン(2019年度は11位)、金額は2019年度と比べて794,040円減っている」という意味です。
都道府県 | 平均所得 | 平均所得率 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
順位 / 変動 | 値の増減 | 順位 / 変動 | 値の増減 | |||
北海道 | 1位 | → | 882,982円 | 1位 | ↑4 | 1.8% |
青森県 | 3位 | → | 292,663円 | 3位 | ↑5 | 2.5% |
岩手県 | 15位 | ↓4 | -794,040円 | 18位 | ↓6 | -5.1% |
宮城県 | 10位 | ↓2 | -199,581円 | 4位 | → | -1.4% |
秋田県 | 11位 | ↓5 | -800,442円 | 9位 | ↓2 | -2.6% |
山形県 | 7位 | ↓2 | -401,853円 | 8位 | ↓6 | -4.5% |
福島県 | 12位 | → | 6,574円 | 10位 | ↑3 | -1.6% |
栃木県 | 6位 | ↓2 | -747,783円 | 6位 | ↓5 | -4.2% |
千葉県 | 4位 | ↓2 | -1,549,261円 | 17位 | ↓7 | -5.2% |
長野県 | 5位 | ↑9 | 1,089,501円 | 5位 | ↑9 | 2.6% |
新潟県 | 16位 | ↓3 | -512,660円 | 13位 | ↓2 | -2.9% |
富山県 | 14位 | ↓5 | -779,508円 | 11位 | ↑5 | -1.1% |
石川県 | 8位 | ↑2 | 355,989円 | 7位 | ↓1 | -2.1% |
福井県 | 18位 | ↓1 | -202,738円 | 16位 | ↓1 | -3.2% |
滋賀県 | 17位 | ↓1 | -259,949円 | 15位 | ↑2 | -2.8% |
京都府 | 2位 | – | – | 2位 | – | – |
鳥取県 | 13位 | ↑2 | 58,525円 | 14位 | ↓5 | -4.5% |
島根県 | 9位 | ↓2 | -189,411円 | 12位 | ↓9 | -6.5% |
北海道の所得額は非常に大きいため、参考として全国平均だけではなく、北海道の値を削除した「都府県」平均とも比較してみます。
※この平均データにおいては、データ件数が20件を下回っている都道府県のデータを除外していません。
平均所得の増減 | 平均所得率の増減 | |
---|---|---|
全国平均 | 202,786円 | -0.4% |
都府県平均 | -326,425円 | -2.2% |
まず初めに目につくのは、2年連続で1位を獲得した北海道です。広大な土地と冷涼な気候が稲作に適している北海道では、特に稲作農家の所得が多いことはお伝えしました。今年もぶっちぎりの第1位で、特に所得額が88万円も伸びています。
なお、北海道について費用と収入の構成などを調べてみましたが、2019年度と2020年度での大きな違いは認められず、「所得が増えたのは販売金額が増えたから」という単純な理由が導き出されました。北海道は規模が大きいため、作況によってこれくらいの金額が増える可能性は十分にあります。
長野県の所得・所得率が増加した原因は?
次に掘り下げてみたいのは、所得・所得率の両方で9ランクもアップした長野県と、所得額が約150万円もダウンした千葉県です。
単純に作況が良好だった、または悪化したという可能性もありますが、農林水産省が発表している令和元年産水稲の「全国農業地域・都道府県別作況指数」を見ると、長野県の作況指数は100、千葉県の作況指数は95です。千葉県の指数はやや悪いものの、これだけで説明がつく数字ではありません。
まずは長野県について詳しく見ていきます。
以下の表は、各項目について、2019年度・2020年度における長野県の農家の平均データを比較したものです。稲作販売金額が増加し、稲作以外販売金額が減少しています。また、雑収入が120万円アップしているので、これが所得・所得率の増加の一因である、という推測が成り立ちます。
2019年 | 2020年 | |
---|---|---|
販売金額 | 15,755,839円 | 15,940,867円 |
雑収入 | 4,846,516円 | 6,083,743円 |
収入金額計 | 20,764,844円 | 22,365,083円 |
経費合計 | 15,169,328円 | 15,945,691円 |
世帯農業所得 | 4,171,654円 | 5,261,155円 |
稲作付面積 | 712a | 888a |
稲作販売金額 | 12,911,641円 | 13,443,469円 |
稲作以外販売金額 | 2,844,198円 | 2,497,398円 |
それでは、雑収入が増えたのはなぜなのでしょうか? 長野県の雑収入の構成をグラフで比較してみます。
珍しい特徴としては、「作業受託」が伸びを見せています。それから、近年新しくできたコロナ関連の助成金なども増えています。
「その他」「その他交付金」も大きな伸びを見せています。この項目については詳細をこれ以上分析することができませんでしたが、作付面積が増えることで受けられる補助金も存在するので、稲の作付面積が大幅に増えている事実との関連もあるかもしれません。
千葉県の所得が減少した原因は?
次に、千葉県の所得が大幅に減少した原因を探っていきます。
こちらの表も前述の長野県と同様に、各項目について、2019年度・2020年度における千葉県の農家の平均データを比較したものです。稲作販売金額が大きく減少し、雑収入が増えています。売上の減った分を雑収入で埋め合わせている形と見受けられます。
2019年 | 2020年 | |
---|---|---|
販売金額 | 19,994,083円 | 17,495,637円 |
雑収入 | 5,653,318円 | 7,071,705円 |
収入金額計 | 26,478,605円 | 25,559,422円 |
経費合計 | 19,744,082円 | 20,113,482円 |
世帯農業所得 | 6,921,063円 | 5,371,803円 |
稲作付面積 | 941a | 1,316a |
稲作販売金額 | 14,941,729円 | 13,786,109円 |
稲作以外販売金額 | 5,052,354円 | 3,709,528円 |
費用構成を見てみると、全体の金額が増加していて、特に修繕費や減価償却費の割合が増えています。
収入構成を見てみると、販売金額が減った分を交付金や助成金で埋め合わせている構図がさらに浮き彫りとなります。
千葉県は2020年9月に台風15号による甚大な被害を受け、農業も大打撃を受けました。修繕費や減価償却費が増えて、代わりに交付金が増えているのは、この台風被害の影響かもしれません。
千葉県「台風第15号の影響による農林水産業への被害について(第5報)」によると、特ににんじんやトマトの被害が大きくなっています。つまり、台風により栽培している野菜が打撃を受けたために、稲作以外の販売金額が減り、ビニールハウス等を修繕するために減価償却費や修繕費が増え、台風関連の交付金を受けている、という推察が成り立ちます。
まとめ
今回は、稲作農家の2019年度と2020年度の所得・所得率の変化に注目して、コラムを構成いたしました。あくまでも『農業簿記』のユーザーに限定したランキングではありますが、日本の稲作農家の動向を分析する上での一助を担えるのではないかと考えています。今後とも、簿記データを元にした情報発信や考察をお届けいたします。
関連リンク
農林水産省「全国農業地域・都道府県別作況指数」
千葉県「台風第15号の影響による農林水産業への被害について(第5報)」
千葉県「農業関係支援対策」
南石教授のコメント
2019年~2020年の農家の所得を都道府県別にみると、北海道が高くて安定している結果となりました。都府県と比較し経営規模も多く、大きな災害にも見舞われなかった結果といえます。
作物の収量は気象や自然災害の影響を強く受けます。新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、業務用農産物の需要は低迷しているといわれています。今回の分析結果も、こうした予期し難い気象や感染症拡大の影響を受けたといえそうです。