農業利益創造研究所

収入・所得

優良経営農家とそうでない農家の費用構成は作目別に特徴がある

個人情報を除いた2020年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家16,590人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

決算書というものが経営内容を知るための第一級の資料であることは、世の中の常識です。

しかし農家に限らず、中小規模自営業者は、どうも決算書というものを「税務申告するために御上に無理やり作らされている書類」と思っているようなフシがあるようで、作って提出したらそれで終わりのようです。つまり見返さない。これはもったいないことです。

青色申告決算書の一ページ目は損益計算書といい、平たく言うと「1年間のお金の流れ」の記録なのですが、それを見ると1年間の大体の行動が解るものです。

ですから、経営の良い農家とそうでない農家とでこの“記録”を比較すると、両者の行動の違いも分かり、各々のさらなる経営改善の方向性も見えてくるものです。

そういうことで今回は、2020年の決算データのうち、世帯農業所得率の高い農家グループと低いグループの費用という「お金の使い道」の違いを見ていこうと思います。

なお、経営規模の違う者同士の費用の比較になるため、収入金額合計(総収益)との割合を算出して、それを高所得率のグループと低所得率のグループで比較するという手法を取りました。

普通作

普通作は作付面積が1.6倍、収入金額規模が約1.7倍大きいと、所得金額が12.8倍も大きくなります。これは普通作が比較的スケールメリットが効く分野だからだと思われます。

低所得率のグループは減価償却費の割合が非常に高く、概ね過剰投資の傾向にあると言えます。また過剰投資ゆえ稼働率が低いにもかかわらず修繕費が多いのも特徴的で、設備の取り扱いやメンテナンス等の方法にも課題があるのかもしれません。

しかし低所得率のグループでも揃えた設備に応じた面積を耕作できれば、普通作の特性上、所得は大きく伸びていくことも予想されるので、課題はいかに早く耕地を集めるかというところにあるのかもしれません。

普通作経営(単位 金額:千円 / 面積:a )
世帯農業所得率 0~10%未満 40%以上
経営体数 251 299
世帯農業所得 728 9,338 12.8倍
収入金額合計 11,757 20,538 1.7倍
世帯農業所得率 6.2% 45.5% 7.3倍
専従者の人数 0.5 1.3 2.5倍
経営耕地面積 838.6 1,309.5 1.6倍
普通作作付面積 752.8 1,186.7 1.6倍
収益金額合計との比較
世帯農業所得率 0~10%未満 40%以上
種苗費 3.3% 1.8% -1.5%
素畜費 0.5% 0.1% -0.4%
肥料費 8.6% 5.8% -2.8%
飼料費 0.1% 0.2% 0.1%
農具費 1.8% 1.0% -0.8%
農薬衛生費 6.3% 5.0% -1.3%
諸材料費 3.3% 2.1% -1.2%
修繕費 7.9% 3.7% -4.1%
動力光熱費 5.1% 3.1% -1.9%
減価償却費 21.2% 9.2% -12.0%
雇人費 3.1% 1.2% -2.0%
地代賃借料 7.2% 5.0% -2.3%
土地改良費 2.3% 2.0% -0.2%
生産費合計 70.7% 40.2% -30.5%

果樹作

果樹経営では、高所得率のグループと低所得率のグループでは果樹の栽培面積はほぼ同じなのですが、収入金額では1.4倍、所得金額では8.9倍の開きが出ています。

生産費の構成を見ると、低所得率のグループは雇人費の割合が多いことが確認されました。これは専従者の0.5人分の不足を補うものとも思われます。概して個人経営では専従者の労働力は貴重で、その有無によって世帯所得は大きく変わります。

専従者がいなければ外部から労働力を調達しなければいけないのですが、中途半端な人数や期間で雇うことで、効率性を落としている可能性があります。労働力の確保は現実的に難しいことが多いのですが、理屈だけでいえば常時雇用にして規模を拡大するか、逆に雇用をなくして規模を縮小する方が所得や効率は高くなる可能性があります。

また雇人費と同じ固定費である減価償却費が高いことも、所得率を落としている大きな原因と思われます。設備投資は原則抑制的であるべきでしょう。

果樹経営(単位 金額:千円 / 面積:a )
世帯農業所得率 0~15%未満 50%以上
経営体数 102 161
世帯農業所得 809 7,215 8.9倍
収入金額合計 9,182 12,629 1.4倍
世帯農業所得率 8.8% 57.1% 6.5倍
専従者の人数 0.7 1.2 1.7倍
経営耕地面積 198.8 128.5 0.6倍
果樹植栽面積 119.8 114.1 1.0倍
収益金額合計との比較
世帯農業所得率 0~15%未満 50%以上
種苗費 1.7% 0.6% -1.1%
素畜費 0.0% 0.0% -0.0%
肥料費 4.2% 2.2% -2.0%
飼料費 0.0% 0.0% -0.0%
農具費 2.5% 0.9% -1.6%
農薬衛生費 7.9% 4.3% -3.5%
諸材料費 5.9% 3.4% -2.6%
修繕費 5.9% 2.2% -3.7%
動力光熱費 6.0% 3.2% -2.9%
減価償却費 10.9% 5.1% -5.8%
雇人費 11.6% 2.7% -8.9%
地代賃借料 1.9% 0.5% -1.5%
土地改良費 0.5% 0.3% -0.2%
生産費合計 59.1% 25.5% -33.7%

露地野菜作

露地野菜作の特徴は、高所得率のグループと低所得率グループとで経営規模と経営成績が見事に逆転していることです。作付面積や収入金額の規模では、低所得率のグループは高所得率のグループを大きく上回っていますが、所得金額は4分の1程度になってしまっています。

この原因は、他の作物分野と同様に減価償却費や雇人費という固定費の過剰投資(低稼働率)が大きいのですが、裏を返せば規模拡大や複合化の失敗と言えそうです。

つまり多くの地代を払ってまで作付面積を広げたことで収入金額は増えたものの、それに伴い固定費だけでなく、種苗費や肥料費などの資材費も増えたため、結果的に大きく所得率を落としているという事でしょう。無計画に手を広げ過ぎていると言えます。

なお、経営耕地面積と野菜作付面積の差のほとんどは、米や麦などの普通作の作付け分ですが、低所得率のグループはこのパターンが非常に多いです。

つまり主力の園芸品目とは別に、米などを自家消費+α程度作っているのですが、経営上はこれが極めて不効率なのです。稲作は、それにかかる機械設備を考えると、小規模では絶対に採算が合いません。

露地野菜作経営(単位 金額:千円 / 面積:a )
世帯農業所得率 0~15%未満 45%以上
経営体数 696 636
世帯農業所得 1,996 7,783 3.9倍
収入金額合計 20,872 15,029 0.7倍
世帯農業所得率 9.6% 51.8% 5.4倍
専従者の人数 1.1 1.5 1.3倍
経営耕地面積 944.8 302.1 0.3倍
野菜作付面積 373.9 152.5 0.4倍
収益金額合計との比較
世帯農業所得率 0~15%未満 45%以上
種苗費 5.6% 2.4% -3.2%
素畜費 0.2% 0.1% -0.1%
肥料費 7.2% 3.5% -3.7%
飼料費 0.6% 0.1% -0.5%
農具費 1.3% 1.0% -0.3%
農薬衛生費 4.8% 3.1% -1.8%
諸材料費 4.9% 4.5% -0.4%
修繕費 4.5% 2.3% -2.2%
動力光熱費 6.1% 4.1% -2.0%
減価償却費 10.9% 5.7% -5.2%
雇人費 9.0% 2.2% -6.8%
地代賃借料 5.3% 1.4% -3.8%
土地改良費 0.4% 0.3% -0.0%
生産費合計 60.8% 30.8% -30.0%

施設野菜

施設野菜の低所得率グループは、高所得率グループと比べて施設面積は変わらないものの収入金額は多くなりました。これは作付け品目の違いもあるかと思いますが、主力品目以外の米麦などの作付けが多いことが理由に考えられます(経営耕地面積と特殊施設面積の差より)。ただし、効率が悪く所得額では5分の1程度となってしまっています。

効率を下げている原因は、ここでも固定費である減価償却費と雇人費の過剰投資と思われ、特に雇人費の多さが特徴的です。施設園芸はどうしても人手がかかるので、専従者の不足分を雇い入れで補うのは不可避なのでしょうが、それに見合うだけの収入の増加が図れていないのが問題と言えます。

種苗費が多いのも、作付け品目の違いだけではなく、廃棄や規格外、低品質(低単価)が多いことが推測され、品質向上のための従業員教育などがもっと必要なのかもしれません。

施設園芸(単位 金額:千円 / 面積:a )
世帯農業所得率 0~15%未満 45%以上
経営体数 109 85
世帯農業所得 1,496 7,605 5.1倍
収入金額合計 16,828 14,830 0.9倍
世帯農業所得率 8.9% 51.3% 5.8倍
専従者の人数 0.9 1.4 1.6倍
経営耕地面積 143.5 66.3 0.5倍
特殊施設面積 19.7 19.8 1.0倍
収益金額合計との比較
世帯農業所得率 0~15%未満 45%以上
種苗費 6.6% 2.1% -4.4%
素畜費 0.1% 0.0% -0.0%
肥料費 3.6% 2.7% -0.9%
飼料費 0.2% 0.0% -0.1%
農具費 1.3% 1.0% -0.3%
農薬衛生費 2.8% 2.3% -0.5%
諸材料費 6.5% 5.0% -1.5%
修繕費 3.4% 2.3% -1.1%
動力光熱費 11.5% 6.2% -5.3%
減価償却費 9.7% 5.6% -4.1%
雇人費 13.3% 2.3% -11.0%
地代賃借料 2.1% 0.9% -1.2%
土地改良費 0.2% 0.1% -0.1%
生産費合計 61.2% 30.7% -30.5%

酪農

酪農の低所得率のグループは、高所得率グループより1.2倍の収入金額がありながら、所得金額が11分の1となっており、ここでも収益規模と所得金額の大きな逆転が起きています。

酪農は費用の大部分が飼料費でしめられますが、低所得率グループではその割合が高所得率グループの2倍になっており、これが所得を大きく落としている原因と言えそうです。

主要な酪農産地ごとの飼料費を見ると、北海道が収入金額の26.4%とやはり低い値になっています。広大な牧草地などがあることが飼料費の低減に大きく貢献していると思われます。

酪農(単位 金額:千円 / 面積:a )
世帯農業所得率 0~5%未満 30%以上
経営体数 28 33
世帯農業所得 1,504 16,689 11.1倍
収入金額合計 56,543 47,295 0.8倍
世帯農業所得率 2.7% 35.3% 13.3倍
専従者の人数 1.3 2.0 1.6倍
収益金額合計との比較
世帯農業所得率 0~5%未満 30%以上
種苗費 0.9% 0.8% -0.1%
素畜費 4.9% 1.3% -3.6%
肥料費 1.0% 2.8% 1.8%
飼料費 40.9% 20.9% -20.0%
農具費 0.6% 0.5% -0.1%
農薬衛生費 3.7% 2.2% -1.4%
諸材料費 4.1% 2.6% -1.5%
修繕費 3.7% 3.8% 0.1%
動力光熱費 4.2% 3.4% -0.8%
減価償却費 15.2% 10.5% -4.7%
雇人費 3.4% 0.3% -3.1%
地代賃借料 1.5% 2.0% 0.5%
土地改良費 0.4% 0.1% -0.3%
生産費合計 84.5% 51.3% -33.2%
地域別 飼料費対収入金額合計比
世帯農業所得率 北海道 岩手県 栃木県
経営体数 70 30 45
収入金額合計 79,130 47,151 93,019
飼料費 20,900 15,107 39,303
割合 26.4% 32.0% 42.3%

肉用牛

肉用牛の低所得率のグループは収益規模が高所得率のグループの2倍ありますが、所得金額は10分の1という大きな逆転現象が確認されます。そして低所得率のグループには期首(期末)農産物以外棚卸高の残高が多いことや、素畜費の費用構成が非常に高いことなどから、このグループを構成しているのは主に肥育経営だと思われます。

この数年間は、子牛の価格が非常に高かったため繁殖経営は好調だったのですが、肥育経営は経費が高騰して経営が圧迫されていました。このため肥育農家も繁殖を行う一貫経営に乗り出したケースなども聞きますが、やはり難しいことも多く必ずしもうまくいっている人ばかりではないようです。

いずれにしてもこのデータは、同じ肉用牛でも繁殖経営と肥育経営とで経営の明暗が分かれてしまっていることを表しているのだと思われます。

肉用牛(単位 金額:千円 / 面積:a )
世帯農業所得率 0~5%未満 35%以上
経営体数 45 37
世帯農業所得 1,004 10,270 10.2倍
収入金額合計 39,217 20,769 0.5倍
世帯農業所得率 2.6% 49.4% 19.3倍
専従者の人数 0.7 0.7 1.1倍
期首農産物以外棚卸高 26,720 679 0.0倍
期末農産物以外棚卸高 25,262 2,123 0.1倍
収益金額合計との比較
世帯農業所得率 0~5%未満 35%以上
種苗費 0.6% 1.1% 0.5%
素畜費 33.2% 12.9% -20.3%
肥料費 1.1% 1.3% 0.2%
飼料費 22.7% 14.6% -8.1%
農具費 0.5% 0.6% 0.1%
農薬衛生費 2.1% 2.7% 0.6%
諸材料費 2.5% 1.7% -0.7%
修繕費 3.1% 3.1% -0.0%
動力光熱費 2.4% 2.6% 0.2%
減価償却費 10.9% 8.9% -1.9%
雇人費 1.9% 1.1% -0.8%
地代賃借料 1.5% 1.7% 0.2%
土地改良費 0.2% 0.5% 0.2%
生産費合計 82.7% 52.8% -29.9%

まとめ

以上、作物分野ごとの高所得率グループと低所得率グループの費用支出の傾向を見てきましたが、共通して言えるのは固定費である減価償却費と雇人費の割合の過多が所得率に大きく影響をしている事です。

設備や人材を揃えて収益規模を拡大しても、それらを効果的に活用しないと所得を大きく落とし、結果的に小規模の方が儲かるという逆転現象が統計上でも起きていることは、しっかり留意すべきことだと思います。

また、専従者の存在は経営を大きく左右するので、事業主は専従者である家族に対して、いや家族だからこそ、日ごろのねぎらいや感謝の気持ちを今まで以上に持つことは、優良経営の必須要件だと思われます(笑)。

南石教授のコメント

会計学では、管理会計と財務会計という考え方があります。

財務会計は、会社であれば株主、投資家、税務署等、社外のステークホルダーに会社の財務状態を報告するための会計です。個人経営の場合には、株主や投資家がいないので納税が主な目的になります。

一方管理会計は、会社の財務状況を把握・評価し、経営改善に役立てるための会計です。会社であれば、経営計画の作成、予算や原価の管理、資金繰りなどに役立つ財務情報を経営者に提供します。

これは、個人経営でも重要ですが、事業主が自分でするには面倒かもしれません。しかし、高度経済成長の時代と異なり、今はどんぶり勘定で儲かるような時代ではないですから経費の管理は重要です。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所