農業利益創造研究所

収入・所得

年間雇用の農業経営は所得向上につながっているのか?

個人情報を除いた2020年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家16,590人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

農業経営において雇人費は、経営規模が小さいうちはあまり注目すべきポイントではありませんが、規模が大きくなるにつれ重要性が増してきます。

機械化が進んでいない作物分野は当然のこと、機械化が進んでいる分野でもそれを扱うオペレータの人材をいかに確保できるかが、経営を左右すると言っても過言ではありません。今回は雇人費と経営の関係を考えたいと思います。

8割以上の個人事業主は家族経営

まず、雇人費支給額毎の経営体数の割合を見ると、78%もの青色申告事業体は、雇人費の支給額が年間100万円未満ということになりました。

農林水産省の「営農類型別経営統計(R1)」によると、全国の農業従事者の常時雇用1人あたりの平均年間賃金は、約200万円なので8割以上の個人事業主は常時雇用がいないと推定されます。ここら辺は、家族経営を基本としている個人事業主というイメージと重なるのではないかと思われます。

canvas not supported …

雇人費の支払い状況を経営作物類型ごとに見ると、以下の図のようになりました。

雇人費200万円以下が多いことは変わりませんが、経営分野ごとにその程度はかなり違っています。例えば、年間合計で200万円以上の雇人費を支払っている経営体は、普通作は約5%程度なのに対し、施設園芸や酪農になると17~18%程度と多くなります。施設園芸や酪農はそれだけ常時雇用が多い(必要とされる)分野と推測されます。

canvas not supported …

では、常時雇用がいると思われる経営体の規模はどのくらいなのでしょうか。経営作物ごとに見てみます。

以下は、年間雇人費200万円~250万円の各経営体の平均販売金額です。畜産以外は大よそ販売金額2千万円ぐらいの規模となりました。したがってこれを逆に見ると、販売額が約2千万円を超える規模が、一人の常時雇用を雇う目安とも考えられます

普通作果樹作野菜作施設園芸酪農肉用牛
販売金額23,82821,25021,16117,32273,63852,463

※金額の単位は千円

雇人費と経営全般の傾向

次に雇人費と経営全般の関係を見たいと思います。以下の図は、雇人費の支給額100万円ごとの、収入金額合計、世帯農業所得、所得率の違いを表したものです。

canvas not supported …

雇人費が増加するごとに収入金額が増加しており、人手の増加は確実に売上を増やすと言えそうです。

ただし、それと相殺するかのように所得率が低下しているので、所得的にはあまり大きな増加は見られません(雇人費600万円以上の経営体の11,057千円の所得額は、酪農の平均約2千万円の所得が大きく平均を上げていることによる)。

規模が大きくなっても所得に大きな増加がないのであれば、「何のために人まで雇って規模を大きくしているのか?」という疑問も出てきそうですが、経営の目的は人によって様々で、儲けを最大化することだけが経営ではありません。

過疎やそれに近い地域で多くの雇人費を支出している農家は、少なくとも地域雇用への貢献という点では確実に成果をあげていると言えそうです。

いずれにしても経営を大きくするために人を雇うにも、そのためのコストは思っている以上にかかることを、経営者としては覚悟しておく方が良いでしょう

そして農業経営においては、人を雇ってまで経営を大きくするのか、それとも家族労働の範囲で気軽に手堅くやっていくのかという選択は、どちらも現実的に有り得るもので、経営の在り方は単に一つの方向にだけに向いているものではないことも、あらためて認識するべきかもしれません。

関連リンク

農林水産省「営農類型別経営統計

南石教授のコメント

今回の分析を見て、雇用に伴う様々な負担が大きいことを、欧州主要国の農業経営調査で感じたことを思い出します。特にスイスやドイツでは、雇用するよりも、家族労働力で賄える範囲で農業経営を行うことが好まれています。

わが国よりも、高賃金で労働者の権利意識が強いという社会的文化的背景の違いもありますし、また、雇用を行うことで、従業員とのコミュニケーションや動機付け、雇用に伴う様々な法的な手続きや義務の増加もあるからです。

わが国の農業法人をみても、従業員が10人程度以上になるとキャリアパスや人材育成の制度も構築しやすくなりますが、数人の場合には日々の作業に追われることが多い様に感じます。家族のみで作業できる範囲で農業経営を行えば、雇用に伴う様々な負担は回避できますが、家族労働だけでは、経営規模の拡大には限界がありますし、マンネリ化して経営革新への意欲も湧かないかもしれません。

つまり、それぞれの経営が何を目指すのか?という経営のビジョンと理念が重要で、雇用を拡大して規模拡大・事業多角化を目指すのか、家族でできる範囲の規模・事業内容で持続可能な経営を目指すのかといった、経営意思決定が必要となります。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所