農業利益創造研究所

収入・所得

ジニ係数でみる農家の所得格差の実態

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

ジニ係数とローレンツ曲線というものをご存知でしょうか?これらはデータの分布状況を表す指標で、一般的には世帯間の所得格差を調べるときに使われています。日本でも数年おきに厚生労働省からジニ係数が発表されており、近年は国内でも所得格差が広がっていることが確認されています。

当然農業でも各経営体の所得には差があるわけですが、実際どの程度の開きがあるのでしょうか。今回は2021年の世帯農業所得のデータから、農家における所得格差をジニ係数とローレンツ曲線から見ていきたいと思います。

ジニ係数とローレンツ曲線とは

農家のジニ係数、つまり所得格差がどのくらいなのかという話をする前に、そもそもジニ係数とは何かを簡単に説明します。そしてジニ係数を説明するにはローレンツ曲線の説明が不可欠なのでそれも併せて行います。

以下の図は、青色申告者全体のローレンツ曲線とジニ係数です。

横軸は農家の経営体数の累積を表しており、左から世帯農業所得の少ない順に並んでいます。縦軸は世帯農業所得の累積です。したがってこの図の左下の原点は0人分の0円の所得金額で、右上の頂点が全員(約1万3千経営体)分の所得合計となります。

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このような図ですから全ての経営体が同じ所得(平均額)だとすると、傾きが一定の直線になります。これを「完全平等線」と呼びます。しかし実際は全世帯の所得が同じということはあり得えず、必ず所得の高い人と低い人がいます。

するとこの図の横軸は所得額の低い順に並んでいるので、図の左側はなかなか上にあがりません。しかし、右に進むにつれ高所得層になるので上に高く伸びるようになります。こうして実際のデータは弧を描く線になり、この曲線をローレンツ曲線と呼びます。

このローレンツ曲線と完全平等線の隔たりが大きいほど、所得格差が大きいという事になります。図でいうと完全平等線とローレンツ曲線の「間の面積」が格差を示すことになります。そしてこの面積がジニ係数です。したがってジニ係数は大きいほど格差があるということになり、最大値は1となります。

さて、2021年の青色申告全体のジニ係数ですが、値は0.53でした。実際0.5を超えると格差があると言われますので、個人事業体の中でさえも農業は所得格差が大きいと言えるのではないでしょうか。

ジニ係数
青色全体0.53

ちなみに日本全体のジニ係数は、2017年の調査では0.56でした(再分配後は0.37)。したがって日本社会の中では農業の所得格差はやや小さいとえますが、日本のジニ係数(再分配後)自体はOECD諸国と比較するとやや高めであることは留意しておく必要があります。
※ここで言う再分配とは、政府が格差是正のために、税制や社会保障制度により高所得者から低所得者へ所得を再分配することです。

経営類型別のジニ係数

経営類型別に見ると以下のとおり肉用牛が最も所得格差が大きく、次いで普通作となりました。これらの部門は小規模の兼業農家が多く、そのことが格差を広げる原因になっていると考えられます。実際この二つの部門の農業所得の中央値は低く、多くの低所得層(≒小規模兼業)がいることが伺えます。

ジニ係数世帯農業所得(中央値)
普通作0.573,252
野菜0.514,175
果樹0.473,910
酪農0.496,513
肉用牛0.603,537
花卉0.454,628

※金額の単位は千円

では専業農家では、所得格差はどの程度になるのでしょうか。以下は収入金額合計が1,000万円以上(肉用牛のみ2,000万円以上)の農家のジニ係数です。

ジニ係数(専業)
青色全体0.42
普通作0.43
野菜0.41
果樹0.33
酪農0.48
肉用牛0.47
花卉0.35

やはり専業(と思われる)の経営体では、ほとんどの部門でジニ係数は大きく低下し格差が縮小しました。つまり農業も専業規模でみれば所得格差は大きいとは言えないようです(全て0.5を下回る)。

なお、この国では随分長い間、農業従事者の減少を国内農業の衰退の現れとみなす声がありますが、もともと農業にはこのような専業と兼業の2重構造による所得格差があるので、低所得の兼業層が減っているのであれば、それは衰退ではなく構造変化と考えたほうが良いと思います。

花きは所得格差が小さく、中央値が高い部門です。経営が軌道にのれば誰もが一定程度稼げる可能性が高いというのは非常に魅力的な分野と言えそうです。

果樹経営は元々ジニ係数が高くはありませんでしたが、1千万円以上の収益規模になると普通作や肉牛経営と同じように大きく格差を縮めます。果樹経営にも小規模の低所得層が多く存在しているということでしょう。

地域ごとのジニ係数

以下は地域ごとのジニ係数です。北陸が高く東海と四国が低いのは、明らかに普通作部門への依存度の現れです(北陸は普通作の依存が高く、東海・四国は低い)。

ジニ係数
(全体)
ジニ係数
(専業)
世帯農業所得
(中央値)
北海道0.390.369,444
東北0.550.432,950
北陸0.630.462,014
関東・東山0.500.404,482
東海0.480.384,500
近畿0.560.433,143
中国0.550.402,588
四国0.480.363,616
九州・沖縄0.510.393,782

※金額の単位は千円

もともと兼業のうち第二種と言われる層は、農業の赤字をサラリーマン所得で補うといった形態が多かったのですが、国全体に格差が広がりサラリーマン所得が減れば、自然とそのような兼業農家は減ることになるでしょう。

実際、以下の農水省の「農業構造動態調査」によると、兼業農家、特に第二種は激しく減少しています。

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最近は、稲作の担い手に田んぼが集まりすぎてやりきれない、という声をよく聴くようになりました。これは高齢者だけでなく従来の兼業層が早い勢いで離農していると思われるので、今後これらの地域の農業構造が大きく変わる可能性があります(すでに変わり始めている)。

いずれにしても所得格差が大きいというのは不安定な状態とも言えるので、普通作や肉牛経営においてもいずれは少数の担い手農家に集約されることでしょう。そうなれば、農業における所得格差も今よりは縮まるのではないでしょうか。逆に言うと現段階で格差が見て取れるというのは、その分野はしばらくは離農者が続くという事かもしれません。

一方で農業王国と言われる北海道では、ジニ係数が低く中央値が高い結果になりました。このことは、今後全国的にも担い手への集約が進めば、農業でも所得の高位平準がはかれる可能性があることを示しているようにも思えます

「担い手に集約すれば良い」というのは、ちょっと一面的で古臭い展望にも思えますが、農業一本で生活をしようと思っている人たちが、等しく豊かになれる産業になるのなら、そう悪くもない方向かとも思います。

南石教授のコメント

「所得格差」は、しばしば、社会的な課題として注目されます。その前提には、所得は同じである方が望ましいという考えがあるからです。こうした考えに対して、同じような仕事の内容と労働時間であれば異論は出にくいでしょうが、仕事の内容と労働時間が異なるのであれば所得が異なるのも致し方ないとの考え方もあります。

農家世帯の所得は、農業所得と農外所得の合計値ですので、農業所得の「格差」が、農家所得の「格差」に直結するわけではありません。公務員や地元の有力企業に勤務しながらの兼業農家であれば、農業所得は少ないかもしれませんが、農家所得は高いことが予想できます。この場合には、農業の意味あいが、兼業農家と専業農家で異なるので、農業所得の「格差」は、兼業農家と専業農家の農業内容や労働時間の違いが反映されたものであるとの見方も成り立ちます。

兼業農家と専業農家を、地域農業にどのように位置づけるのかという基本的な考え方によって、ジニ係数の解釈・意味合いが変わります。今回の分析で明らかになった農業所得のジニ係数は、こうした議論の出発点となる、とても興味深いものです。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所