農業利益創造研究所

インタビュー

数値測定と分析で収量アップ!お酒の開発経験を生かすトマト栽培【農業王2025:猿渡農園】

「農業王2025」受賞者インタビュー 熊本県阿蘇市の猿渡 茂樹さん

ソリマチ株式会社と農業利益創造研究所は、日本農業に無くてはならない個人事業農家を応援するために、優れた経営内容で持続可能な優良経営を実践している農業者を表彰する「農業王 アグリエーション・アワード 2025」を実施しました。

今年で四年目となる本アワードでは、約10万件の農業会計データと関わるソリマチ株式会社が、青色申告決算書をもとに経営の収益性・安全性を審査して、最終的に北海道から九州までの9ブロックから、普通作(米+麦・大豆)部門、野菜部門、果樹部門、畜産部門、花き部門の「農業王」を選出いたしました。

農業王には、収益性、安全性、経営力、地域貢献、持続可能性に優れた「SDGs農業賞」15名、収益性、安全性に優れた「優良経営賞」87名の二つの賞があります。

今回は、野菜部門で「SDGs農業賞」を受賞した熊本県阿蘇市の猿渡 茂樹さんからお話をお聞きし、その経営についてご紹介します。

地元の熊本に帰るため、トマト農家になることを決意

熊本県阿蘇市は阿蘇山を中心とした世界最大級のカルデラで知られ、酸性で養分の乏しい火山性土壌の土地が広がっています。この農業に不向きな土地を長年かけて改良した成果が表れ、現在は冷涼な気候を生かした多種多様な作目の生産が盛んです。

特にトマト栽培では、熊本県は生産量第一位として知られ、温暖な海沿いでは秋~春に、涼しい高原では夏~秋にトマト栽培が行われています。

今回、農業王を受賞した猿渡さんは、阿蘇市で夏秋トマトをハウス栽培しています。
品種は「りんか」のみで、ほ場は49a。カンボジアの技能実習生を一名雇用していて、他6~9月の農繁期にはパートさんを4名ほど雇っています。

猿渡さんは、酒造メーカーに15年間勤めてお酒の開発などを担当したのち、農業を始めたという異例の経歴の持ち主です。農家を継いだわけではなく、完全な新規就農です。

「会社員として山梨で勤めていたのですが、2016年の熊本地震の時に、「地元に帰りたい」と強く感じたんです。実は私の出身は熊本で、今の仕事を続けていたら熊本に戻れる見込みがなかったので、転職してでも戻りたい、と思いました」

地元マスコミに勤める親族に相談したところ、当時、親族が担当していた熊本県農業コンクールのつながりで、「就職先」としてトマト農家を猿渡さんに紹介したのです。それが新規就農のきっかけでした。

「農業師匠」に弟子入りして、トマト栽培を学ぶ

阿蘇地域には、経験豊富で後進の育成に熱心な農家の下で、新規就農希望者が研修を行って独立を目指す「農業師匠」という制度があり、猿渡さんが紹介されたトマト農家の斉藤信幸さんはその師匠の一人でした。

「斉藤さんに話を聞きに行った時、堆肥の作り方について、とても盛り上がりました。私が仕事で扱っていた麹と、農業に欠かせない堆肥、作り方が似ているんです。それで、お酒の研究開発の知識と経験が、農業でも生かせると思いました」

そうして未経験から斉藤さんの元に弟子入りした猿渡さんですが、初めは「単純作業がきつかった」と言います。

「研修期間のうちは全体像を把握しきれていないので、自分がやっている作業がどういう意味を持つか、まだわかっていないんですよ。だから、単純作業が退屈に感じてしまい、それが大変でしたね。独立してからは考えることが山積みなので、そういった悩みはほとんどありませんが」

独立一年目はがむしゃらだったそうですが、次第にほ場も拡大して、パートさんを雇って余裕もできてきます。ここから「考える」ことが好きな猿渡さんは本領を発揮し始めます。

堆肥にこだわって良い土づくりを目指す

師匠の斉藤さんと堆肥作りで盛り上がったのが農業を始めたきっかけ、というエピソードにも象徴されるように、とにかく猿渡さんは堆肥にこだわっています。

「堆肥をまいてもすぐに影響が出るとは限らなくて、二年目、三年目から効果を発揮することも珍しくありません。ですから、土の状態を確認しながら肥料を使うことが大切ですね。私はJA阿蘇の営農部にハウス内の土壌と堆肥の成分分析を依頼し、そのデータを元に、元肥の設計をしています。過度の塩類集積を避けたいと考えています」

猿渡さんに「目指している理想の土は?」と尋ねたところ、「もちろん栽培を始める前の新しい土です」と即答。トマトのハウス栽培では連作障害が起こりがちですし、病気の原因になる菌も時間経過で濃度が上がっていくので、新鮮な土が理想となります。もちろん土を本当に新しくするのは難しいのですが、可能な範囲でできるだけ劣化させないように試行錯誤しています。

また、猿渡さんは窒素とリン酸とカリウムの単肥を独自に調合して、液肥を作っています。これはコストも抑えられますし、技術者らしい工夫の一つです。

データの蓄積を元に、最適な潅水量を導いて収量増へ

他にも、猿渡さんは枝の角度や形などの評価を場所ごとに判定することで、トマトの樹勢を測定しています。このデータを何に使うかというと、たとえば気象台が発表する日射量の数値、ハウスの温度、さらに灌水量とセットで分析することで、「トマトの状態が良くなるのはいつか、害虫や病気が発生するのはいつか」を調べて、潅水量の最適値を導き出せます。

「日射量はトマトの光合成に、温度はトマトの呼吸に関係がありますから、この二つの数字によって潅水量の管理がしやすくなります。もちろん、そのためにはデータの蓄積からお互いの関連を見出さなくてはなりません。温度との関係はまだ完ぺきに把握できてはないのですが、最近では日射量に合わせて潅水量を調整できるようになってきましたね」

この数字を重視した努力が実を結び、2024年はトマトの状態が非常によく、根傷みなども起こさなかったため、収量が一気に伸びました。今回、猿渡さんが農業王を受賞した理由の一つでもあります。

会社員時代の経験から、労働環境も整えて

猿渡さんは労働環境にも気を配っています。ハウスのそばに技能実習生やパートさんが休める休憩所を作ったり、熱中症対策にファン付きの作業服を支給したりしています。

「この辺りには斉藤さんの元で修業したトマト農家がたくさんいるんですよ。よく情報交換をしているのですが、こういう休憩所を備え付けているところが多いので、うちでもやってみようと思いました。会社員時代の経験から、皆にはできるだけ余裕のある環境で働いてほしい、と思っています」

順風満帆だった猿渡さんですが、突然のトラブルがありました。今年の5月にがんの宣告を受けて、治療に専念するために今年は休作することになりました。

「以前働いてもらったパートさんは、いま飲食店を運営しているのですが、この話を知って「ランチ営業を辞めて手伝うから」と言われました。地主のおばあちゃんにも事情を報告したら、泣かれてしまって。師匠も続けろ、って言いますし、簡単にはやめられないと思いました。これほど多くの方に必要とされているのですから」

最後に、新規就農者へのメッセージをお聞きしました。

「農業に対して構え過ぎる必要はありません。固定観念にとらわれると、進歩が止まってしまいます。私は技術的な仕事をしたいという思いが根底にあって、会社員よりも裁量を持ちたいと考えて、農家になって上手くいきました。だから、農業を始めるとしたら、今までの経験をどう生かせるか?を考えた方がいいかもしれません。研修で得る知識はすでに知られていることで、常に情報を更新して最先端を維持しないと稼げるようにはなれませんから、そこは大事ですね。後は、体を壊さないように、それも気を付けてください」

猿渡さんは現在も治療中ですが、「ハウス内温度の影響をもっと分析すれば、さらに収量が上げられるはず。もっと頑張りたい」と前向きな姿勢を見せています。多くの方の心を動かす猿渡さんのトマトへの情熱が、今後とも実るように願います。
農業王の受賞、おめでとうございます。

関連リンク

阿蘇地域農業振興協議会「農業師匠」
ソリマチ株式会社「「農業王2025」受賞者決定!」
ソリマチ株式会社「農業王SDGs」

 この記事を作ったのは 農業利益創造研究所 編集部

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