農業利益創造研究所

インタビュー

広告会社がみつば栽培参入で大成功!「有限会社エスアンドエム」

持続可能な農業インタビュー「有限会社エスアンドエム(八須賀松夫さん、亮人さん)」

近年、「持続可能な社会」、「SDGs(エス・ディー・ジーズ)」という言葉をよく聞くようになりました。そこで農業利益創造研究所でも、「持続可能な農業」の実践者へのインタビューを行っていきたいと考えています。

今回は群馬県前橋市でみつばの水耕栽培を手掛ける有限会社エスアンドエムの八須賀松夫さん、その息子の亮人(あきと)さんにお話をお伺いしました。

広告業界からみつばへの転身、その情熱

みつばには、糸みつば、 切りみつば、根みつばの三種類があり、年間を通してスーパーで見かけるのは「糸みつば」です。エスアンドエムが水耕栽培で育てているのも、この糸みつばで、ほ場は大型のハウスが5棟で面積は640㎡、選果場も含めると715㎡ と驚きの規模です。

驚くことに、エスアンドエムはもともと広告会社で、農業とは無縁の業界に身を置いていました。北関東を中心にショッピングモールのイベント運営や冊子の制作を請け負い、地元ラジオ局の開設にも携わった他、あの体操選手の池谷直樹さんと一緒に会社を立ち上げ、池谷さんが主宰する「サムライ・ロック・オーケストラ」というパフォーマンス団体をイベント面から支えるなど、様々な領域で活動していました。

「けれど、インターネットの普及もあって、対面のイベントの売上が少しずつ下がってきました。このままだとまずい、何か別の道を見つけないと、という焦りが生まれていました。

そこで八須賀さんは、ご実家の沼田市で「高級車に乗っている農家の方をたくさん見かけた」ことをふと思い出し、「農業はやり方次第で儲かるんじゃないか」と考えたそうです。そして持ち前の行動力で日本全国を飛び回り、様々な作物を見た上でみつばの水耕栽培を選びました。

新規就農でみつばを選んだ「理由」とは

八須賀さんがみつばを選んだ理由は二つです。一つ目は、参入に多額の投資費用がかかる点です。費用が掛からない方がよいのでは?と思われるでしょうが、ここに八須賀さんの緻密な経営戦略が隠れていました。

「みつばの水耕栽培は大規模なハウスのための初期投資が莫大ですから、始めたくても始められない人が多いんです。私は40歳前後で農業の知識も経験もなく、この道一筋にやってきた方には叶いません。けれど、会計の知識は豊富で、事業計画を作って融資を勝ち取るのは得意です。ですから、強みを生かしてハードルの高い領域で勝負すれば、成功できるのではないかと考えました」

経営者としてさすがの判断です。そして二つ目は、経営戦略とは正反対の「想い」でした。「みつばは美味しいけれど、決して食卓の主役にはなれません。広告だってそうです。メインの方々に注目を集めるべく応援するのが仕事で、私は誇りを持ってその脇役を務めてきました。だから、みつばの気持ちがわかる、自分と似ているように感じられたのです」

こうしてみつばを作ろうと決めた八須賀さんは、前橋で糸みつばを栽培している方に「学ばせてください!」と直談判しました。「初めは完全に無視ですよ(笑)。朝の七時から待っていて、無視され続けて、夕方に帰ることの繰り返しでした。8日目に「しつこいな。わかった、入れ」と声をかけられて、ようやく研修させてもらえることになりました。今ではその方と良い関係ですが、「本当にまっちゃんはしつこかったよね」と未だに言われます(笑)」

研修先を得たのちも別の問題が持ち上がりました。従業員たちの反発です。「イベント関連は華やかなイメージがある業界ですから、その仕事がしたくて入社してきた社員にとっては「なぜ農業!?」という疑念が強かったのでしょう。いくら社長でもこんな横暴は許されませんよ、と言われたこともあります」

社員たちを強制的に従わせても意味がない。農業で利益を出せば理解してくれるはずだ。そう考えた八須賀さんは研修に励み、ハウスを建てるための融資も無事に勝ち取りました。銀行から3,000万円、政策金融公庫から6,000万円の合計9,000万円です。

換気扇と遮光カーテンで暑さに強いハウスを実現

ハウスの設計においても八須賀さんは戦略を立てていました。みつばは夏に弱い作物で、冬のハウスを温めることよりも、夏のハウスをどうやって涼しく保つかの方が重要だそうです。

「別業種より参入した大企業が所有しているトマトの水耕栽培施設を見学した時に、巨大な換気扇が備え付けられているのに驚きました。この換気扇は熱だまりをハウスの外に出すことで効果的な冷却を可能にしますが、軒高の高いハウスでないと設置できない。ハウスを大きくすれば、建設費用もかさみます。ですから、十分な資金を用意する必要がありました」

費用がかかる、という理由で同業の農家でもほとんど導入していない大型換気扇を導入した八須賀さん。期待通りに効果は絶大で、全体的にみつばの収量が減る夏でも、八須賀さんのハウスでは夏でも丈夫なみつばを安定して出荷できているそうです。

「うちのハウスのもう一つの特徴は、白い遮光カーテンを使っていることです。遮光カーテンは黒を使うのが一般的なのですが、私の妻が「白い遮光カーテンにしたら?」とアドバイスをくれたので、その通りにしたんですね。この選択が結果的に大成功でした」

黒色に比べて白色は光を通すので、夏でも光合成が適度に行われて丈夫なみつばができるのだそうです。ちなみに奥さんのアドバイスの理由は、「黒よりも白の方がキレイだから」とのこと。「農業のことを全く知らない素人だからこそ、柔軟な発想ができたのかもしれません。幸運でしたね」と八須賀さんは笑顔で語っていました。

コロナ禍もみつばで乗り切って大成功

みつばの栽培を始めた直後は、収穫時期を逃して規格外になってしまったり、出荷までの時間がかかり過ぎて傷んでしまったりというトラブルもありましたが、失敗に学ぶうちに八須賀さんの緻密な経営戦略は実りました。エスアンドエムは現在、好調な増収増益を続けているそうです。

くしくもエスアンドエムがみつばの出荷を始めた2019年からコロナ禍が始まり、広告産業は大打撃を受けました。特に対面形式のイベントは軒並み中止になってしまって、受注が減り、がくっと売上が下がったそうです。

「その頃は既にみつばで利益を上げていましたから、それでイベントの赤字を補填することができました。農業をやっていなかったら会社は潰れていたかもしれません。社員もようやく理解を示してくれて、ハウスへ手伝いに来てくれるようになりましたし、タイミング的に幸運だったと思います」

2021年12月、有限会社エスアンドエムはファーム事業以外の全ての事業を、子会社のYoRoZuYa株式会社に引き継ぎました。農業に携わりたい方の採用も進めており、シニア層を中心にパートさんを多数採用しているそうです。

みつばは軽い野菜のため重労働もなく、基本は月、水、金曜日の週3日が出荷のある作業日で、午前中に全ての作業を終える体制を整えているため、無理なく働ける職場環境です。年間休日は130日と非常に多く設定されており、ビジネスとプライベートの充実ができる職場を目指したいと、八須賀さんは考えているそうです。

「私は2017年に心筋梗塞を患いました。自分自身無理ができないのだから、従業員の方もゆとりをもって働ける職場にしなくてはという思いが強くあります。シニアの方のセカンドライフを実現する場所を提供できているのも嬉しいですし、新卒を採用する計画もあります」と八須賀さんは話していました。

出口戦略から見る農業はブルーオーシャン?

広告業界出身の八須賀さんは、「販売戦略が自分の強みの一つ」とおっしゃっていました。現在の出荷先は55%が契約出荷、45%が市場出荷で、平均より単価を上げることにも成功しているそうです。

みつばはマイナーな植物であるために、売ることは非常に難しいそうです。しかし、その弱みを強みに変える手段は、前述の通り、供給不足の夏場でも豊富な出荷量を可能にした設備投資でした。

「市場に出向いて、「うちと通年契約してください。単価は平均の1.3倍ですが、通年で高品質のみつばをご提供できます。夏もみつばへのご要望が多くある中で、ご用意できる環境を整えました」とお話して、契約まで持っていきます。夏に安定供給ができるという強みを活かして、単価を上げることに成功しています」

形の無い広告に比べると農作物はとても売りやすい、農業はブルーオーシャン、と八須賀さんは話します。「農家の方は栽培技術を磨くことには非常に熱心ですが、販売や営業からは距離を置いている方が多い印象です。私からすると、せっかく良い物があるのだから販売に力を入れればもっと売れるのに、もったいないと感じています」

現在、エスアンドエムではほ場2反で6,000万円と、一般的なみつば栽培の約3倍の収益性を出すことに成功しています。息子の亮人さんも「イベント事業も手掛けること」を条件に後継者として会社に入り、成長を重ねているそうです。

「みつばの栽培は面白いですし、継ぐからには今よりも規模を拡大していきたい」という亮人さんの語りからは、エスアンドエムは末永く続いていくだろうと実感させられました。

異業種からの農業への参入は難しいと言われていますが、八須賀さんは昔からの農業の慣例にとらわれない発想と自身の強みを生かしながら素晴らしい成果を上げ、年配者が働く場を作り後継者を育て、持続可能な農業をつくりあげました。「農業はブルーオーシャン」という八須賀さんの言葉に反映されるように、異業種から参入する企業の成功も、これからの農業を支える要素の一つかもしれません。

関連リンク

有限会社エスアンドエム
YoRoZuYa株式会社

 この記事を作ったのは 農業利益創造研究所 編集部

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