農業利益創造研究所

インタビュー

第三者継承で理想の地産地消を目指して「播州姫路 吉田農場」

持続可能な農業インタビュー「播州姫路 吉田農場(吉田勝博さん)」

近年、「持続可能な社会」、「SDGs(エス・ディー・ジーズ)」という言葉をよく聞くようになりました。そこで農業利益創造研究所でも、「持続可能な農業」の実践者へのインタビューを行っていきたいと考えています。

今回は姫路市安富町で、第三者継承で農業を継ぎ、水稲と白小豆の栽培を手掛ける吉田勝博(かつひろ)さんにお話をお伺いしました。

福祉から農業へと転換したきっかけ

姫路市安富町はゆずの産地として知られるほか、稲作も非常に盛んです。吉田さんの営む播州姫路 吉田農場は、13haのほ場のうち11haで水稲を、残りの2haで白小豆を作付しています。「山田錦」と「兵庫夢錦」という酒造好適米の二品種に力を入れ、同じ安富町にある株式会社下村酒造店に契約販売しています。他の水稲はうるち米ともち米で、それも町内で販売しているそうです。

「種まきの時に消費者の顔が見えない作物は作らないことにしています。ぎゅっとコンパクトにまとまった地産地消が目標なんですよ」そう語る吉田さんは38歳と、農家としては非常に若手です。吉田さんは非農家の生まれで、福祉系の大学に進んで社会福祉士を目指していました。

そんな吉田さんが農業を目指すきっかけは、福祉の研修で接した高齢者から「田んぼを継ぐ人がいない」という悩みを聞いたからだそうです。「福祉以外にも、自分に何かできることがあるんじゃないか」そう感じた吉田さんは、養鶏を手掛ける法人に就職し、そこに新しくできたばかりの農業事業部で米作りにかかわる道を選びました。

赤字だった事業が軌道に乗り始めた入社五年目に、吉田さんは株式会社兵庫大地の会から「社員にならないか」という誘いを受けます。株式会社兵庫大地の会とは県内の若手農業者が集まって設立した農業法人で、肥料や資材を共同購買で安く仕入れたり、米の共同販売などの活動も行っています。会社員として勤めながらも兵庫大地の会に籍を置くようになった吉田さんは、次第に「独立」を意識し始めました。

「これまでは会社員として、目の前のことを必死にやるだけでした。けれど、兵庫大地の会では自分と同世代の方々が経営者として考え、意見を交わしている。将来を見据えた時、経営者として農業に取り組むのと、会社員として取り組むのとどちらがよいのか、真剣に考えるようになりました」

第三者継承につながる運命の出会い

それからしばらくして、事業を継ぐことになる馬躰(ばたい)哲郎さんと、吉田さんは巡り合います。馬躰さんがけがをした時に、手伝いましょうか、と吉田さんが尋ねたことがきっかけでした。

「信じられないかもしれませんが、会ったその日から第三者継承の話になったんです。向こうも僕のことを知ってくれていて、「誰かに継がせるなら、おまえしかいないと思ってたよ」なんて言われてしまいました」

独立したいという思いを抱えていた吉田さんと、けがで後継者の必要を強く意識した馬躰さん。お互い第三者継承に抵抗がなかったのも、話がスムーズにまとまった理由の一つでしょう。それから二年間、吉田さんは会社員として働きつつ、馬躰さんを手伝いながら経営を学びました。

「信頼を得るために、僕なら経営をもっと良くできるという結果を見せる必要がありました。たとえば兵庫大地の会を通じて肥料を安く買ってコストを下げたり、酒米も新しく売り先を開拓しました」

酒米を栽培する農家が減って、JAを通じての流通では安富町のみで作られた酒米を買うのは難しくなっていました。米にこだわる酒造側には、同じ地域のお米を使いたいというニーズがあったのです。そこで吉田さんは下村酒造店に訪問して、「うちのお米を買ってください」と営業をかけました。

「最初は、誰?って反応ですよ(笑)。でも、次は馬躰さんも一緒に来てくださって、二人で話をしました。米作りをしてきた馬躰さんの言葉には説得力があって、向こうも真剣に耳を傾けてくれました」

兵庫大地の会で検査を行って、求める等級に調整した酒米を用意できるのも強みでした。そうして二人の努力が実り、下村酒造店と契約販売を結ぶことになりました。現在、農閑期の冬場には、吉田さんは下村酒造店で酒粕の配達や瓶詰を手伝ったり、酒蔵見学に来る飲食店や酒屋の担当者を案内することもあるそうです。吉田農場と下村酒造店は、今や持ちつ持たれつのパートナーなのです。

大切な土地と機械をスムーズに継承するには?

第三者継承の話に戻りましょう。「経営ノウハウ」「農地」「機械」の三つが、継承においては大切です。経営ノウハウを学んだ吉田さんにも、「農地」と「機械」の問題がまだ残っていました。

馬躰さんの農地は農地中間管理機構から預かったもののため、農地については名義を書き換えるだけで済んだそうです。機械は農機販売会社から中古査定にかけ、その査定総額600~700万円を吉田さんが支払って、買い取る形で決着がつきました。ちなみに、そのお金は日本政策金融公庫から借り入れをしたそうです。

「僕はなるべく安く売ってほしい。けれど、馬躰さんは大切な機械だからなるべく高く買ってほしい。査定なら第三者の評価なので、お互いに納得ができると思いました」

ゼロから始める新規就農と違って、経営譲渡の場合は初年度から売上が見込めるので、中古機械を買った分を経費にすれば節税にもつながる、と吉田さんは経営者の顔をのぞかせました。

また、このような譲渡を始める際に、普及センターの方に同席してもらって経営譲渡の合意書を作成したそうです。「継承した後は僕が経営方針を決めていく、それをはっきりさせたかったんです。親子だと、親父さんが息子に経営権を渡した後もあれこれ口出ししてしまうことは珍しくないでしょう。他人だからこそ、そこは書面を残してしっかり線引きをしたかったんです」

ほ場整備の難しい地域こそ、第三者継承に向いている

入念な準備を経て独立した現在、吉田さんは馬躰さんに賃金を払い、雇用という形を取って共に田んぼを守っています。とても良好な関係で衝突することもなく、馬躰さんが率先してトラブルに対応してくれることもあるそうです。

「こいつがこれからの安富町の農業を守っていくんだ、馬躰さんは人前でもそんな風に言ってくれます。プレッシャーもありますが、その言葉に自分は助けられていますし、周りも応援してくれています」

ここで吉田さんは「ほ場整備の難しい地域こそ、第三者継承に積極的になるべきではないか」という持論を展開しました。

「安富町は中山間地域で、ほ場の区画が狭い。自由に土地を選べる新規就農者なら、もっと条件の良いところを選ぶでしょう。だけど、第三者継承で土地も機械も売り先も継げて、地域も応援してくれる。そういう大きなメリットがあれば、新規就農者は増えるはずです」

それでは、吉田さんのように第三者継承で経営を継ぎたい方へのアドバイスはありますか?と尋ねたところ、次のような回答をいただきました。

「まずは結果を出して、相手に認めてもらうこと。それから経営を譲渡された後、どのような形で親方(前の経営者)と関わっていくのかが大切です。これまで手掛けてきた大切な農地だから、向こうも関わりたい気持ちは絶対にあるはずだし、こちらも助けてもらえます。経営権が自分にあるとしても、適度な関係性を続けながら、親方を立てていくのが大切です」

自分の経営を地域活性化につなげたい

既にしっかりとした経営を行っている吉田さんですが、将来については次のように話していました。「いつか馬躰さんが僕を手伝えなくなる日が来ます。その時に誰かを雇って法人化を踏まえた規模拡大の経営に転換するか、それとも現状の1人でしっかり管理ができる面積を維持した経営を継続するのか。その二択は重要な選択です。僕はどちらかと言えば後者で、自分が理想とする地産地消を実践した小さくて強い経営を目指したいんです」

吉田さんは「自分が作ったものを町内で消費する」ことを強く意識しています。下村酒造店に卸している酒米、町内で売っているお米の他、白小豆も問屋に直接販売しています。この白小豆は「白雪大納言」という非常に貴重な品種で、高級和菓子などに使われる安富町の特産品です。地域の特産品だから無くしたくない、自分が守っていきたい、そのような思いも口にされていました。

「大規模化して人をたくさん雇って、農業を盛り上げていく方もいます。僕の経営規模ではそれは無理ですが、別の形で地域活性化に貢献することはできます。この規模の一人経営でも十分に利益が出て、家族を養っていける。そんな風に僕の経営を見せることで、新規就農者を呼びこみたいんです」

実際に、そういった形で新規就農を始めた方が一名いるとのことで、経営面でも吉田さんは色々とサポートしているそうです。自分の経営だけではなく、地域全体のことを考えて動き、すでに結果を出しているのは脱帽の一言です。

入念な準備はもちろんのこと、馬躰さんと吉田さんの新しいものを取り入れる姿勢、お互いを認め合う心と経営の確かさ、様々な要素が導いた第三者継承の成功例と言えるでしょう。

「こいつがこれからの安富町の農業を守っていくんだ」、その馬躰さんの期待に、吉田さんは実力を持って応えているようです。難しいと言われる第三者継承ですが、日本の農業を盛り上げるヒントが、そこには隠されているのかもしれません。

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 この記事を作ったのは 農業利益創造研究所 編集部

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