
個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
一般的に農作物はその利用法により、食用作物、工芸作物、飼料作物に分類されます。中でも工芸作物は、畳としてのい草や、油、砂糖、嗜好用の茶・タバコなど様々あり、農産物に何らかの手を加えて加工して商品となるものを工芸作物といいます。
今回は、工芸作物を主として生産している360件の経営データを分析し、その特徴と将来性について考えてみたいと思います。
工芸作物とは
農林水産省のホームページを参照すると、工芸作物とは以下の通りです。
- 繊維用 ― 綿、大麻(あさ)、ケナフ
- 畳用 ― い(い草、畳表)
- 和紙用 ― こうぞ、みつまた、とろろあおい
- 油脂用 ― なたね、紅花、ひまわり、ごま、えごま、オリーブなど
- 甘味糖料用 ― さとうきび、てんさい、甘草(ステビア)
- デンプン・糊用 ― サツマイモ、ジャガイモ、トウモロコシ、こんにゃくいも
- 嗜好用 ― 茶、葉たばこ
- 香料 ― ラベンダー、ジャスミンなど
- 樹脂類 ― 漆、ハゼなど
- 染料 ― 藍、紅花、レッドキャベツなど
- 薬用 ― 除虫菊、はっか、おたねにんじん、大麦若葉、ウコン、ケールなど
なたね、さとうきび、茶、タバコなどは一般的なものだと思いますが、知らない名前の作物もあるのではないでしょうか。工芸作物は適地適作で作付けされているものが多く、茶は静岡県、い草は熊本県、こんにゃくは群馬県、てんさいは北海道、さとうきびは鹿児島県で有名です。
農林水産省の統計資料から茶の栽培面積の推移を調べてみると2012年は39,600haでしたが、2022年は30,800haと減少しています。ペットボトルのお茶の消費は増えていますが、急須で入れるお茶は徐々に減っているのだと思われます。
また、さとうきびについても調べてみると、2021年の収穫面積は2万3,300haで、2020年に比べ800ha(4%)増加しています。これは、沖縄県において面積が増加したとのことです。
そして、財務省理財局の資料によると、葉タバコは、2020年の作付⾯積は6,000haで、2015年からの5年間で24%減、農家数は4,300戸で22%減少したとのことです。厚生労働省の資料では、2019年の喫煙率は、男性27.1%、女性7.6%であり、タバコの消費が減っていますからこの変化もうなづけます。
工芸作物は、時代の変化により消費ニーズが変わり、それに伴って生産量も変化していると言えます。
工芸作物の経営の特徴
農業簿記ユーザーの中から工芸作物を生産している農家と、野菜作農家の全国平均の経営を比べてみました。
収入金額の差はありませんが、工芸作物農家は雑収入(交付金など)が多く、肥料費、農薬費が高くなっています。荷造運賃手数料が低いのは、農産物をほとんど加工業者が引き取るため運賃や手数料をとられないためと思われます。
世帯農業所得(控除前所得+専従者給与)は野菜作農家と変わりませんし、加工業者からの買取のおかげで、経営的には安定しているのです。
工芸作物全国平均 (経営体数:360) | 野菜作全国平均 (経営体数:4,539) |
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収入金額 | 22,898 | 22,626 |
雑収入 | 6,743 | 4,266 |
雑収入率 | 29.4% | 18.9% |
肥料費 | 2,443 | 1,319 |
農薬衛生費 | 1,401 | 936 |
荷造運賃手数料 | 830 | 3,308 |
世帯農業所得 | 6,835 | 6,130 |
世帯農業所得率 | 29.8% | 27.1% |
※金額の単位は千円。
次に、工芸作物として有名な4つの作物について下記の表のように比較してみました。
テンサイ農家の農業所得が1,400万円という高所得には驚きです。テンサイは北海道が主要産地ですから大規模に高効率で生産しているのだと思われます。
テンサイ (経営体数:37) | サトウキビ (経営体数:16) | タバコ (経営体数:89) | 茶 (経営体数:210) |
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収入金額 | 52,327 | 11,407 | 17,012 | 21,248 |
雑収入 | 25,830 | 8,389 | 3,032 | 4,841 |
雑収入率 | 49.4% | 73.5% | 17.8% | 22.8% |
世帯農業所得 | 14,251 | 1,886 | 5,116 | 6,708 |
世帯農業所得率 | 27.2% | 16.5% | 30.1% | 31.6% |
※金額の単位は千円。
それから、テンサイとサトウキビの雑収入率が高いのに気づきます。テンサイは、「畑作物の直接支払交付金」というお金がもらえますし、サトウキビは、「さとうきび・でん粉原料用かんしょに係る生産者交付金」が国からもらえるのです。
加工する農産物は外国から容易に輸入することができますので、日本の生産者を守るために生産コストと販売額の差額相当の交付金を交付しているとのことです。
しかし、サトウキビ農家は雑収入(交付金)を多くもらっている割には農業所得が非常に低いです。経費を調べると減価償却費や修繕費が高くなっていました。農業機械などの費用がかさむ作物なのだと推測できます。
工芸作物の今後は
工芸作物は食料だけでなく畳や嗜好品にもなりますので、時代の流れとともに変化せざるを得ません。特に今後どうなっていくのか不明なのがタバコではないでしょうか。
葉タバコは、日本たばこ産業株式会社(JT)がその年の作付け前に価格を決定して、全量買い上げるという独自の契約栽培方式を取っているため、栽培農家はどちらかというと安定経営です。
しかし、JTは今後のことを考えて葉タバコの生産量を減らすため、作付を減らした農家には10アールあたり36万円の協力金を支払うとしています。(しかし、葉たばこの輸入量は意外と多く、国内生産高の倍に達しているというのですから複雑な心境です。)
葉タバコ農家の今後は、他作目への変換を如何にスムーズに行うかが課題です。
それから、テンサイやサトウキビには意外な将来性があります。それはバイオエタノールの原料です。バイオエタノールを燃焼すると二酸化炭素は排出されますが、そもそもバイオエタノールを作るための作物は二酸化炭素を吸収しています。
また、お茶に関しては日本茶のブームに乗り、海外輸出が増えています。これについては、当研究所でも以前記事を掲載いたしましたので、ご興味をお持ちの方はお読みください。
農業利益創造研究所「お茶農家は儲かるの? 伝統文化であるお茶の経営内容を探る」
まとめ
新鮮な野菜を海外から輸入するのは難しいですが、工芸作物は農産物を加工するため、原料として輸入が容易です。安い輸入品に押されて国産の工芸作物が無くなったらいざという時大変ですので、交付金など支援して日本の農家を守ることは必要なのではないかと思います。
工芸作物は日本の地域性や文化につながる作物と言われていますが、タバコ農家は他作目へ変換し、サトウキビやテンサイは燃料に変化し、きっと時代の流れとともに変わっていくのでしょう。
関連リンク
農林水産省「工芸作物とはどのようなものを言うのですか?」
農林水産省「令和4年産茶の摘採面積」
農林水産省「令和3年産さとうきびの収穫面積」
財務省理財局「たばこ・塩を巡る最近の諸情勢について」
南石名誉教授のコメント
農林水産省では、「工芸や工業の原料とすることを目的に栽培され、加工されてから人に利用される作物」を工芸作物とよんでいます。今回分析したテンサイ、サトウキビ、茶、タバコのうち、最初の3つは最終的に食料飲料になります。これに対して、タバコは加工後も食料にはなりませんし、様々な法的規制もあります。その意味では、タバコは工芸作物の典型としてイメージし易い作物です。
原則、契約栽培であるため価格も安定しており、経営収支の見通しが立てやすい作物といえます。タバコの国内需要は減少していますが、海外ではタバコの需要が増加している国もあります。
水稲などの他の国産物と同様に、海外で生産されたものと比較して品質が優れていれば、将来にわたって一定の国内需要は期待できますし、輸出の可能性もあります。何れにしても、海外農産物に対する競争力を確保するには、生産コスト低減も必要になります。