農業利益創造研究所

作目

酪農経営は大丈夫か 厳しかった2022年を振り返る

個人情報を除いた2022年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家11,500人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

2022年は、コロナ禍から続く消費減に加えウクライナ戦争と円安による輸入資材の高騰もあり、国内農業も厳しい状況に置かれました。その中でも特に、酪農経営が危機的な状況であることは、多くのマスメディアから報道されていました。

では実際、どのくらい酪農経営は厳しくなったのでしょうか。2022年の経営を前年と比較しながら見てみます。

飼料代高騰の前に対策金は効果なし

以下は2022年の全国の酪農経営の概況を前年比較したものです。

まず、世帯農業所得額ですが2021年から3,477千円も減少しました。これは前年から40%も減少したことになり、報道にあったように2022年は酪農家にとって非常に厳しい年だったことがこのデータからも伺えます。

この世帯農業所得の減少は、酪農経営で最も多くを占める費用である飼料費(収入金額合計比46.6%)の増加によるものと考えてよさそうです。各種の対策金が支給されたからか、雑収入は1,690千円増加していますが、飼料費の増加は4,477千円(前年比15.7%増加)と、雑収入の増加を大きく上回っています。

また収益面での特徴として、生乳販売(酪農販売金額)は若干伸びたものの、肉用牛やその他畜産で収入を減らし、全体の販売金額も減少しました(697千円減少)。この肉用牛やその他畜産とは、子牛(雄)や廃牛の販売収入であり、酪農経営の“副収入”的なものですが、折からの酪農危機でこれらの単価も著しく下がり、それが販売高の減少に繋がったと思われます。

減価償却費が減少(654千円減少)しているのは、乳用牛の更新を行わない等、およそ飼養頭数自体を減らしたことが考えられます。これも飼料高騰の影響でしょう。

2022年
経営体数:277
2021年
経営体数:295

-18
収入金額合計70,90069,8931,007
 うち販売金額60,33561,032-697
  うち酪農52,50052,260240
  うち肉用牛4,0504,506-456
  その他畜産2,3912,995-604
 うち雑収入9,6187,9271,690
農業経営費65,65761,1724,484
 うち飼料費33,04228,5654,477
 うち減価償却費8,6839,337-654
世帯農業所得5,2438,720-3,477
世帯農業所得率7.4%12.5%-5.1%

※金額の単位は千円。

財務状況も悪化

酪農経営の財務状況を、貸借対照表から確認します。

2022年平均(期首と期末の残高平均)を2021年平均と比べると、資産合計は1,588千円減少し、負債合計が1,310千円増加していますので、財務状況は大きく悪化したとみてよいでしょう。

資産は、普通預金が478千円、定期預金が1,074千円減少しており、これらキャシュの減少が資産合計を減少させた要因と言えます。

負債は買掛金が305千円増加し、借入金が663千円増加しています。ただし、固定資産は増加しておらず、流動資産が大きく減少していることから、この負債の増加は設備投資ではなく運転資金の不足を補うためのものと考えられそうです。ここからも2022年の酪農経営が厳しかったことが伺えます。

流動資産である育成中の果樹・牛馬の118千円の増加と、固定資産である果樹・牛馬等の148千円減少は、飼料代の高騰という同じ原因によって起きているものと思われます。

つまり、飼料代が高くなったため、育成牛の評価単価が高くなり、減価償却資産である乳用牛を減らさざるを得なかったということでしょう。

2022年平均
経営体数:167
2021年平均
経営体数:181

-14
流動資産計24,79125,888-1,097
  うち普通預金7,1937,671-478
  うち定期預金3,7154,788-1,074
  うち育成中の果樹・牛馬5,3205,202118
 固定資産計50,90050,8964
  うち建物・構築物14,68414,882-198
  うち農機具等12,90312,485418
  うち果樹・牛馬等9,6539,800-148
資産合計83,26084,847-1,588
資産合計(事業主貸抜き)78,90680,207-1,301
  うち買掛金1,9871,682305
  うち借入金16,72416,061663
負債合計28,83127,5211,310
負債合計(事業主借抜き)26,33225,2041,128

※金額の単位は千円。

主要産地の状況

2022年で酪農経営のデータが多いトップ3県の状況を見てみます。

まずは最も経営件数の多い北海道です。前年比で世帯農業所得額が5,375千円も低下しています。但しその要因は、飼料費の増加以上に収入金額の減少、特に牛乳の販売金額(酪農販売金額)が5,035千円も減少していることが大きいようです。

この牛乳の販売金額の減少は、減価償却費が1,175千円減少していることから、飼養頭数を減らしたことが大きな原因と思われます。

北海道の酪農経営は、全国平均と比べて飼料費の割合が低くなっています(収入金額合計比34.4%。全国平均は46.6%)。したがって飼料費の増加も1,275千円(前年比5.1%程度)にとどまっており、全国平均の飼料費の増加(前年比15.7%増加)と比べれば、今回の輸入穀物の高騰による影響は低く抑えられているといえます。

北海道
2022年
経営体数:49
2021年
経営体数:55

-6
収入金額合計76,00683,538-7,533
 うち販売金額60,11267,566-7,454
  うち酪農49,76654,801-5,035
  うち肉用牛2,5323,268-736
  その他畜産6,0647,368-1,304
 うち雑収入11,57811,874-297
農業経営費69,29471,451-2,157
 うち飼料費26,13524,8601,275
 うち減価償却費11,42612,600-1,175
世帯農業所得6,71212,087-5,375
世帯農業所得率8.8%14.5%-5.6%

※金額の単位は千円。

続いて岩手県です。

岩手県も世帯農業所得が2,571千円と前年比で42.3%も低下しました。しかし収入金額合計、特に牛乳の販売金額が4,380千円も伸びていることから、所得金額の減少は飼料費の増加(4,426千円)にあると考えられます。

岩手県の飼料費は前年比で27.0%の増加で、全国的にも高くなっています(全国平均15.7%増加)。これは、固定資産の果樹・牛馬等が569千円増加していることから、飼料単価の高騰だけでなく、飼養頭数の拡大による飼料の増加分も含まれているようです。

こう見ると、岩手県は経営規模の拡大による収益増で、飼料価格の高騰に対応したよう思えますが、所得率が5.9ポイント減少して全国平均の5.1ポイント減少を下回ったことから、この方法はあまり良い結果にはつながらなかったと思われます。

岩手県
2022年
経営体数:22
2021年
経営体数:21

1
収入金額合計50,90347,5143,389
 うち販売金額43,88541,6482,237
  うち酪農39,20434,8244,380
  うち肉用牛2,2722,815-542
  その他畜産2,1303,565-1,435
 うち雑収入6,1255,0281,098
農業経営費47,40241,4425,960
 うち飼料費20,80016,3744,426
 うち減価償却費6,4326,878-445
世帯農業所得3,5016,072-2,571
世帯農業所得率6.9%12.8%-5.9%
2022平均2021平均
【固定資産】果樹・牛馬等8,0647,495569

※金額の単位は千円。

最後に栃木県です。

栃木県の酪農経営は、世帯農業所得額が6,379千円減少と、3県の中では最も大きな減少額となりました。これは販売金額の7,539千円の減少と飼料費の3,613千円の増加が大きな要因でと言えます。減価償却費の減少(1,728千円)から類推すると、飼料費の高騰により飼養頭数を減らしたと考えられ、それが牛乳の販売金額を5,687千円減少させて要因と思われます。

飼料費高騰に対し、飼養頭数を減らすという対応は北海道と同じですが、栃木県は経営における飼料費のウェイトが北海道より高いため(栃木県は収入金額合計に対する飼料費の割合は51.3%)、頭数削減の経営効果も限定的だったと思われます。

栃木県
2022年
経営体数:38
2021年
経営体数:37

1
収入金額合計103,353108,551-5,198
 うち販売金額90,89398,432-7,539
  うち酪農80,90486,591-5,687
  うち肉用牛7,70910,021-2,312
  その他畜産1,3251,534-209
 うち雑収入12,3299,9992,330
農業経営費95,60494,4231,181
 うち飼料費53,00749,3953,613
 うち減価償却費11,57813,305-1,728
世帯農業所得 7,74814,128-6,379
世帯農業所得率7.5%13.0%-5.5%

※金額の単位は千円。

牛一頭当たりの販売高は向上している

酪農経営の生産性を見てみます。

以下のグラフは、飼料費に対する牛乳の販売金額(酪農販売高)の割合です。2022年は飼料が高騰したので、すべての地域で低下しています。

その中でも北海道と岩手県が比較的高い生産性を上げています。牧草地の規模や耕畜連携の進み具合などが飼料費を低く抑えることに繋がり、これらの比率に影響を与えているのだと思われます。

canvas not supported …

次のグラフは、乳用牛(貸借対照表の果樹・牛馬等の期首・期末残高の平均)に対する牛乳の販売金額の割合です。これを見ると2022年の乳用牛の生産性、つまり一頭当たりの乳量(もしくは乳価)は向上しています。

これは乳価の上昇または生産現場での何らか改善があったからと思われますが、暗いニュースが多い2022年の酪農経営の中で、このことは明るい兆しと思われます。

canvas not supported …

経営が大きい方が所得を圧迫する酪農経営

以下は2022年の酪農経営のうち、所得率上位20%の層と下位20%の層の経営概要を比較したものです。上位層と下位層では世帯農業所得は11,496千円、所得率は21.7ポイントの差が出ました。

収入金額合計を見ると下位層の方が20,781千円ほど高くなっていますが、下位層は飼料費をはじめとする費用がそれ以上に過大であるため、所得金額や所得率を悪化させています。

減価償却費率(減価償却費÷収入金額合計)や乳用牛の生産性(酪農販売高÷果樹・牛馬年間平均)を見ると、上位層と下位層ではほとんど差がありません(減価償却費率0.5ポイント、乳用牛の生産性0.1ポイントの差)。このことから、上位層と下位層の収入金額合計の差は、生産性の違いではなく、単に経営規模(飼養頭数)の違いだと思われます。

そのうえで、飼料費率(飼料費÷収入金額合計)が15.3%も下位層が過大であるということは、やはり2022年の酪農経営は飼料の使用量で明暗が分かれたと言えそうです。つまり、規模が大きいだけ飼料費高騰の影響を強く受け、その分経営が悪化したということです。

視点を変えると、経営規模が大きくとも変動費である飼料にはスケールメリットの効果は及ばない、ということがあらためて確認されたとも言えそうです。

また同時に、飼養頭数の少ない上位層と多い下位層で乳用牛の生産性に差が出ないということは、牛という生物(減価償却資産=固定費)にも、スケールメリットの効果が出な、いということも明らかになったのかもしれません。

これらのことは、収入金額規模ごとの所得率を示したグラフが、右下がりであることからも、間違いないと思われます。 これらのことから今後も続くであろう飼料費等の高騰に対しては、規模拡大で対応するのは悪手なのかもしれません。

所得率上位20%
経営体数:55
所得率下位20%
経営体数:55

0
収入金額合計50,45971,241-20,781
 うち販売金額41,845 60,381-18,536
  うち酪農35,91653,462-17,546
農業経営費40,79973,076-32,277
 うち飼料費18,89137,588-18,697
  (飼料費率)37.4%52.8%-15.3%
 うち減価償却費6,1329,045-2,912
  (減価償却費率)12.2%12.7%-0.5%
世帯農業所得9,661-1,83511,496
世帯農業所得率19.1%-2.6%21.7%
果樹・牛馬等_年間平均6,2369,417-3,181
 (乳用牛の生産性)5.85.70.1

※金額の単位は千円。

canvas not supported …

この原稿を書いている現時点(2023年8月)でも、酪農経営についてあまり良い話題は耳に入ってきません。ただ願わくは、2023年は平年並みに持ち直して欲しいと、切に思うばかりです。

南石名誉教授のコメント

農林水産省では、「生乳の需給ギャップの解消を図ることを目的」として、「酪農経営改善緊急支援事業」を昨年度から実施しています。この事業では、酪農経営の改善に資するため、「生乳生産抑制に必要な低能力牛の削減のための生乳生産抑制計画の策定」や「緊急的に低能力牛を削減し、一定期間生乳生産抑制の取組を行う酪農経営体に対し、奨励金を交付」という取り組みがなされています。

この背景には、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、生乳の需要が減少して生産過剰となったことがあります。このため、それまで農林水産省の政策的方針に従い、経営規模拡大を進めてきた酪農経営にとっては、大きな経営環境の変化となり、想定外の財務リスクに直面することになりました。

それ以前は、農業部門の中では酪農法人経営は、水稲法人経営についで利益率が高く、他産業中小企業とも比肩しうる収益性がありました。財務状況の改善は、生乳需給ギャップの状況に依存しますが、それぞれの酪農経営がイノベーションに取り組み、乳量の向上や経費の低減を実現することも重要になります。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所