
個人情報を除いた2020年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家16,590人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
「最も好きなフルーツは何か」というネットでのアンケートを見ると、トップにいちごを上げる人が多いようです。このような日本人のいちご好きを反映してか、近年、各地域が競うように新しい品種を開発して世に送り出しています。
そして毎年クリスマスシーズンになると、それらの品種がところ狭し、とスーパーの売り場で並びだし、おかげで消費者である私も各地のいちごを食べ比べするという楽しみができました。
このように様々な地域の品種がお店に並んでいるということは、当然いちごを作っている農家も全国各地に広く存在しているということになります。
今回は、そのように全国の多くの地域に存在するいちご農家の経営について考えます。
2020年のいちご経営の概要
いちご経営農家の平均値を見ると、青色申告者全体や施設園芸経営の平均よりも所得率が高く、所得額も高いことが分かります。やはり消費者に人気の作物だけあり、それを作っている農家もそれなりに儲かっていることが分かります。
青色申告者全体 | 施設園芸経営 | いちご経営 | |
---|---|---|---|
経営体数 | 14,895 | 790 | 359 |
収入金額合計の平均 | 20,128 | 15,702 | 16,762 |
世帯農業所得の平均 | 4,937 | 4,145 | 5,677 |
世帯農業所得率の平均 | 24.5% | 26.4% | 33.9% |
単位:千円
いちご農家の主幹比率は高く、66.8%のいちご農家が販売高の90%以上をいちごに頼っています。
いちごの主幹比率 | 件数(割合) |
---|---|
90%以上 | 240 (66.8%) |
80~90% | 55 (15.3%) |
70~80% | 18 (5.0%) |
70%以上 | 313 (87.1%) |
高所得率グループと低所得率グループ経営内容の相違
いちご経営農家を、高所得率のグループと低所得率のグループに分けて比較したところ、高所得率のグループは低所得率のグループより収益合計で2,404千円高く、費用合計で4,619千円少ないため、世帯所得で7,022千円と大きく差がつくこととなりました。
低所得率 0~20%未満 | 高所得率 45~55%以上 | 差(高-低) | |
---|---|---|---|
経営体数 | 55 | 60 | |
収入金額合計 | 15,497 | 17,901 | 2,404 |
うち販売金額 | 13,641 | 16,515 | 2,874 |
費用合計 | 13,578 | 8,960 | -4,619 |
世帯農業所得 | 1,919 | 8,941 | 7,022 |
世帯農業所得率 | 12.4% | 49.9% | 37.6% |
単位:千円
いちごの高所得率グループと低所得率グループの販売金額の差がついた理由は、これだけでの情報では判断できませんが、一般的に作物の販売金額を決めるのは、収量と単価ですので、それらで両者に差がついていることは容易に想定されます。そして単価は、園芸作物の場合、品質(等級)や大きさ(階級)だけでなく、出荷時期も大きく影響されます。
以下の図は総務省統計局の小売物価統計調査による、いちご1kgあたりの単価の推移です。いちごは毎年12月に最も高い価格をつけ、それからシーズン終了の5月まで単価が下がっていくという動きが決まっています。したがって品質や大きさが同じであってもできるだけ早い時期に出荷できれば、売上高はその分上がります。
このような時期による価格の変化はいちごに限ったものではありませんが、農家は「良いものを沢山作る」という生産面の意識だけでなく、市場出荷においても単価の推移など販売面の視点も必要になるという事でしょう。
次に高所得率グループと低所得率グループの主な生産費の違いを見ると、低所得率グループは全般的に費用過多といえます。しかしこの中で、農薬衛生費だけが平均や高所得率グループのそれよりも低くなっているのは特徴的です。
いちご経営平均 | 低所得率 0~20%未満 | 高所得率 45~55%以上 | 差(高-低) | |
---|---|---|---|---|
肥料費 | 634 | 681 | 468 | 213 |
農薬衛生費 | 593 | 511 | 572 | -61 |
諸材料費 | 1,361 | 1,363 | 1,116 | 247 |
修繕費 | 502 | 810 | 382 | 427 |
動力光熱費 | 1,062 | 1,250 | 908 | 342 |
減価償却費 | 1,493 | 2,025 | 1,162 | 863 |
雇人費 | 1,023 | 2,119 | 411 | 1,708 |
地代賃借料 | 310 | 389 | 182 | 207 |
専従者の人数 | 1.43 | 0.93 | 1.92 | 0.99 |
単位:千円
ここから考えられるのは、低所得率グループは防除が不足しがちで、それが作物の廃棄や規格外を増やしているので、多くの生産費を使っても収益を上げることができていないのではないかという事です。
なお、雇人費が1,708千円多いのは、専従者約1名の不足を補うものとして考えられますので、この点においては費用が多すぎるとは言えないでしょう。
販売規模による所得率
以下の図は販売規模ごとの所得率を、いちご経営、トマト経営、施設園芸ごとに表したものです。
施設園芸全般やトマト経営は、販売高500万円以上になると所得率25%~28%の範囲でほぼ一定で、それ以上拡大しても所得率は若干落ちる傾向にあります。
しかし同じ施設園芸でもいちご経営の場合は、販売規模の上昇に応じて所得率も伸びていき、3,000万円以上となっても所得率が落ちる傾向は確認できません。
つまりいちご経営は、他の施設園芸経営と異なり、スケールメリットが働きやすい性格があるのではないかと思われます。
2番手以下の品目との組み合わせ
いちごの次に作付けしている作物ごとの経営状況を見ると、【いちご+稲作】との組み合わせが最も多く、次いで【いちご単作】という結果になりました。
平均 | ①いちご +稲作 | ②いちご 単作 | ① – ② | |
---|---|---|---|---|
経営体数 | 359 | 153 | 110 | 43 |
収入金額合計 | 16,762 | 19,405 | 14,396 | 5,009 |
うち稲作 | 720 | 1,471 | 0 | 1,471 |
うち園芸作物 | 14,463 | 16,231 | 13,114 | 3,117 |
費用合計 | 11,086 | 12,339 | 10,253 | 2,087 |
世帯農業所得 | 5,677 | 7,066 | 4,143 | 2,922 |
世帯農業所得率 | 33.9% | 36.4% | 28.8% | 7.6% |
単位:千円
【いちご+稲作】の組み合わせでは、所得率が36.4%と非常に高い値を示しています。園芸を行いながら小規模の稲作をやると概ね所得率を落とすものですが、ここでは稲作販売金額が1,471千円あり、作付け面積が1.5ha程度あることが予想されます。
稲作との兼営でもその位の規模があれば、所得率を高めることができるようです。何よりいちごの出荷は、ちょうど田植えの始まる4月~5月までには終わるので、作業の兼ね合いなど稲作との相性も比較的良いのかもしれません。
また、【いちご+稲作】の経営は、園芸作物の販売金額(ほとんどがいちごだと思われる)が16,231千円と大きいことから、栽培面積もより大きいことが想定されます。
上記の「販売規模による所得率」の分析から、いちご経営はスケールメリットが働きやすい傾向が確認されましたので、このことも所得率を高めている原因になっているかもしれません。
産地別の経営状況
主要ないちごの産地ごとに経営状況を確認すると、まず経営体数では日本一のいちごの産地だけあり圧倒的に栃木県が多くなりました。
(単位:千円) | 栃木県 | 静岡県 | 福岡県 |
---|---|---|---|
経営体数 | 79 | 15 | 12 |
収入金額合計 | 21,144 | 17,063 | 15,702 |
うち稲作 | 1,191 (5.6%) | 148 (0.9%) | 465 (3.0%) |
うち麦類 | 97 (0.5%) | 0 (0%) | 73 (0.5%) |
うち大豆 | 0 (0%) | 0 (0%) | 30 (0.2%) |
うち園芸作物 | 18,181 (86.0%) | 16,097 (94.3%) | 12,521 (79.7%) |
うち雑収入 | 1,553 (7.3%) | 745 (4.4%) | 2,598 (16.5%) |
費用合計 | 13,128 (62.1%) | 11,414 (66.9%) | 10,982 (69.9%) |
うち肥料費 | 928 (4.4%) | 623 (3.7%) | 561 (3.6%) |
うち農薬衛生費 | 883 (4.2%) | 558 (3.3%) | 437 (2.8%) |
うち動力光熱費 | 975 (4.6%) | 1,141 (6.7%) | 793 (5.1%) |
世帯農業所得 | 8,016 | 5,648 | 4,720 |
世帯農業所得率 | 37.9% | 33.1% | 30.1% |
(カッコ内は収入金額合計からの割合)
件数だけでなく栃木県は非常に所得率も高く、その理由は収益面ではいちごの経営規模が大きいこと、一定規模の稲作経営を行っていることがあげられます。また費用面では肥料・農薬という生産の基本となる資材費を十分投下しつつ、ウォーターカーテン等の効果でしょうか、動力光熱費が低いことなどが特徴としてあげられます。
一方で福岡県は、稲作以外に麦や大豆を兼営し雑収入(補助金)を得ている経営になっていますが、所得率は全国平均よりもわずかに低い結果となっています。
麦や大豆は作業のタイミングなどから、いちごとの相性が悪いのかもしれず、それがいちごの生産を伸び悩ませている原因かもしれません。
静岡県は、いちごに特化している傾向が強く、いちごの生産量も高めであることがスケールメリットを生み、福岡などよりも所得率を高めることに繋がったのかもしれません。
いずれにしても今回は、「あまおう」「紅ほっぺ」を抑え「とちおとめ」に軍配が上がったようです。
まとめ
いちご経営は、他の施設園芸の経営体から比較すると、所得率が高く儲かりやすい経営体と言えます。
また、施設園芸経営の中では珍しくスケールメリットが効きやすいようですが、これはスケールメリットが効きやすい稲作兼営との相性がよいこととも関係しているかもしれません。
経費面では、防除などをしっかりやったうえで、重油などの燃料費を削減していくのが高所得のための条件なのでしょう。そういう意味でウォーターカーテンが普及している栃木県が燃料費を低く抑えることに成功しています。
いちごの品種は多くの県から様々出ていますが、農家の経営という点では、まだまだ栃木県の「とちおとめ」が頭一つ上なのかもしれません。
関連リンク
農林水産省「施設園芸 省エネルギー⽣産管理マニュアル(改定 2 版)17ページ」
南石教授のコメント
いちごには、全国的に有名な品種がいくつかあります。栃木のとちおとめ、福岡のあまおう、静岡の紅ほっぺ。今回の分析結果は、こうした有名な主産地の農家の所得は高いことがわかりました。
個々の農家の技術力も重要ですが、産地全体としての力が収量や販売価格の向上に貢献している面がありそうです。産地別に所得率別の分析によって、農家の力と産地の力の比較など、さらに興味深い結果が得られそうです。