農業利益創造研究所

作目

麦と大豆の需要が高まる中で、作付面積は増えたのか? 減ったのか?

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

人口の減少と嗜好の変化により日本国内のお米の需要が減っており、農林水産省は水稲から麦や大豆にシフトするような施策を推進しています。最近では、国際情勢の変化もあいまって小麦の供給が減り、ますます国産の麦・大豆の必要性は増してきています。

それでは実際に、2021年の麦・大豆の作付は増えたのでしょうか? 農業簿記ユーザーのデータで検証してみたいと思います。

農林水産省のデータでは

まずは日本全体の動向に目を向けてみましょう。農林水産省の「作物統計」のデータによると、小麦の作付け面積は微増しており、生産量は2020年に天候の関係で単収が減ったことによる若干の減少はあったものの増加傾向です。

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なお、パン用小麦は日本の蒸し暑い気候には合わないとされていて、需要があっても供給が増えていきづらい側面があります。ただし、近年は北海道の「ゆめちから」など、日本の気候でも栽培できる新品種が出てきており、この問題が解消されれば国内小麦の供給はさらに増えるのではないか、と期待されています。

大豆に関しては、近年健康志向の⾼まり等により、⾷⽤⼤⾖の需要量は増加傾向であり、2021年には作付面積・生産量ともに増加しました。

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大豆は天候の変化などに左右されやすく、安定した生産が難しい点があると言われています。団地化やスマート農業によるコスト低減、排⽔対策の更なる強化、耐病性・加⼯適性等に優れた新品種の導⼊等によりさらなる増加が期待されています。

農業簿記ユーザーの麦・大豆作付は増えたのか

次に、農業簿記ユーザーのデータを活用し、より詳細に分析していきます。 2019年の普通作農家1661件と同一農家の2021年データを比較し、農家一戸当たりの水稲・麦・大豆の作付けが増えたのか、それとも減ったのかを集計してみました。

収入金額規模別の作付面積の差

以下のグラフのように、収入金額規模別の作付面積の差は、水稲では7,000万円以上の規模を除いてすべて増加しています。

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お米の米価が上がらない中で、それでも水稲を増やしているのはおそらく離農者の水田を引き受ける農家が多いことや、トラクターやコンバインの固定費をカバーするためにも可能な限り規模拡大した方が良い、という考えの農家がいるからだと思われます。

しかし、7,000万円以上の大規模経営では水稲を減らして麦と大豆を増やしています。しかも、グラフに見るようにその増加はかなり大きくなっています。

大規模水田経営ほど米価減少の影響は大きくなりますから、麦や大豆の売上でカバーする目的か、もしくは水田活用の直接支払交付金を受け取る目的の農家も多いでしょう。つまり、2021年においては、大規模農家ほど米から麦・大豆への転換を積極的に行ったと考えられます。

販売金額の差

次に販売金額の差を調べてみました。先程のグラフでは水稲の作付面積は減っていないのに、これだけ販売金額が減少しています。いかに米価の減少の影響が大きいかわかります。

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特に収入金額5,000万円~7,000万円の経営での水稲販売金額の減少が大きいです。それに対して、7,000万円以上では水稲販売金額の落ち込みを麦の販売でカバーしています。

以下に全国の普通作農家の全体平均と収入金額7,000万円以上のデータを提示しますので、実際の面積や販売金額の実額をご覧ください。

全体平均
経営体数:1,661
収入金額7000万円以上
経営体数:12
2020年2021年2020年2021年
水稲作付面積10.1ha10.3ha24.0ha23.5ha
販売金額11,7929,84329,47326,741
作付面積1.3ha1.3ha13.3ha14.9ha
販売金額3614283,5374,906
大豆作付面積0.9ha0.9ha5.0ha5.7ha
販売金額2542512,1321,443

※金額の単位は千円

収入金額7,000万円の経営は、水稲の販売金額が3,000万円弱、面積は24haという経営です。おそらく雑収入(補助金等)も2,000万円くらいあると思われます。

麦の面積が増えた・減った農家の割合

以下に、麦の面積を増やした農家、減らした農家、変化なし農家の割合を示します。(面積が±5%以上なら変化有りと計算しました)

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規模が小さな農家は面積変化がありませんが、収入金額5,000~7,000万円では、増加も減少も両方多いことがわかります。また、7,000万円以上は増加した農家のみで減少した農家はいません。実は、この傾向は、大豆に関してもまったく同じなのです。

地域別の麦・大豆作付面積の変化

地域別に麦と大豆の作付面積を調べてみました。

地域大豆
2020年2021年 / 増減2020年2021年 / 増減
北海道3.203.290.91.321.370.5
東北0.110.120.10.740.760.02
北陸0.140.11-0.030.620.58-0.04
関東・東山1.521.570.050.460.37-0.09
東海1.571.610.40.520.700.18
近畿1.481.4801.521.530.01
中国0.490.48-0.010.290.290
四国0.790.830.040.010.020.01
九州・沖縄2.091.79-0.31.051.170.12

※広さの単位はha

麦は北海道と九州が主な産地で作付面積は広く、大豆は全国的に作付けされていますが中国・四国は少ないです。

このグラフからは、全国的に麦も大豆も作付け面積は増えていて、九州・沖縄地域の麦が若干減少しているとわかります。ただし、九州・沖縄地方はもともとの面積が大きいため、少しの違いが他地域よりも数字上大きく出ただけという可能性もあり、この結果が有意かどうかは決めきれません。

まとめ

データの分析により、以下のことが見えてきました。

全体的に水稲作付面積は減っていない
大規模経営は、水稲を減らして麦や大豆はを増やしている
収入金額5,000~7,000万円農家は、麦の面積を増やす農家と減らす農家両方が多い

農業簿記ユーザーの分析なので、このデータが全国的な傾向を示しているとは限りませんが、機会があればもっと掘り下げて分析してみたいと思います。

米の価格が下がっていることと、国際情勢の影響で国産の麦の需要が高まること、健康志向や大豆ミートのお肉などで大豆の人気が高まっていることなどの動きを受けて、麦と大豆の生産は今後きっと増えていくことでしょう。

農林水産省は令和3年度に「麦・大豆収益性・生産性向上プロジェクト」を推進し、生産体制の強化・生産の効率化を推進しています。

麦や大豆を増やすには儲かる作物になればよいわけですから、より一層生産性を高める技術や、低価格の作業機械の開発、スマート農業化などが進んでいくことを期待します。

一方、パンはお米よりも手軽に食べることが出来るから若い世代に消費が伸びているのではないか、という見方もあります。たとえば、”おにぎり専門店”の人気が拡大しているという話もあり、手軽な米の消費方法が若い世代により広まれば、米の消費も上がるかもしれません。日本人にとって米が重要であることも、変わりがなさそうです。

リンク

農林水産省「作物統計
農林水産省「令和3年度 麦・大豆収益性・生産性向上プロジェクト
水田活用の直接支払交付金

南石教授のコメント

わが国の気候風土には、麦や大豆よりも水稲の栽培が適しており、水稲の栽培面積に比較すれば麦や大豆の栽培面積は格段に小さいです。その一方で、国民の多くはお米のご飯を控えてパンやパスタを好んで食する傾向が長く続いています。その結果、購入金額ではパンが米を上回り、主食は米とは言い切れない時代になっています。

さらに、ウクライナ危機や大幅な円安により、食料安全保障に対する危機感が高まっており、国産の麦や大豆に対する需要が増加しても不思議ではありません。今回の分析は、こうした国際情勢の下で、国内の大規模な土地利用型経営が、麦や大豆の栽培面積を増加させていることを明らかにしています。需要の変化に対応した生産増加は、食料安全保障の面からも望ましい傾向といえます。

 この記事を作ったのは 農業利益創造研究所 編集部

農業者の簿記データとリサーチデータをデータサイエンスで統計分析・研究した結果を、当サイトを中心に様々なメディアを通じて情報発信することで、農業経営利益の向上に寄与することを目標としています。