農業利益創造研究所

作目

これからは花きの時代?若者や女性に人気の花き経営

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

筆者がまだJAに勤めていた頃(2006年頃)、全農(旧経済連)で園芸を担当していた先輩に、早朝の大田市場に連れて行ってもらったことがあります。市場流通は少なくなったと言われても、さすがに日本一の市場だけあって活気があり、目に映る多くのことが刺激的でした。

その大田市場の中で、青果や水産とは少し異なる雰囲気を放っていた市場がありました。花き市場です。その理由は、当時からセリが電子化されているなど、設備が“近代的”だったこともありますが、何より“男臭い”市場のなかで、花き市場は女性が多く、開放的で明るい雰囲気があったからだと思います。「これからは花きの時代だよ!・・・多分ね(笑)」と言っていた先輩の言葉は今でも覚えています。

花きの流通の世界をのぞいたのはそれが最初で最後でしたが、現在の生産現場はどうなっているのでしょうか。今回は花き農家の経営について考えてみます。

所得率の高い花き経営だが・・・

一口に花きと言ってもいろいろな種類がありますが、意外にも国内生産の対象は限られており、キクだけで、花きの農業産出額の17%をしめています。次いで洋ラン(10%)、ユリ(6%)、バラ(5%)、トルコギキョウ(3%)、カーネーション(3%)となり、これら6種で全体の4割を超えています(農林水産省「生産農業所得統計」「花木等生産状況調査」)。

キクは日本の葬儀や季節行事に欠かないものなので、需要が高く生産が集中するのでしょう。確かに私も、花き農家の中で圧倒的に接する機会が多かったのは小菊農家でした。小菊は需要が安定しているほか、軽く、技術的な難度もあまり高くないとのことで、高齢者や稲作からの転換作物として人気があったようです。

以下は花き農家の2021年の経営概要を、野菜農家や青色申告者全体と比較したものです。

花きは経営体数が少なく経営規模も大きくありませんが、所得率は高いと言えそうです。つまり売上に対して比較的経費が掛からないので、低リスクで一定の儲けを期待できるということです

経営体
(経営体数)
花卉経営
(607)
野菜経営
(4,539)
青色全体
(13,273)
収入金額合計20,73322,62623,679
うち販売金額17,69618,23718,438
世帯農業所得5,9146,1305,762
世帯農業所得率28.5%27.1%24.3%

※金額の単位は千円

主な製造費をみると花き経営は特徴的な傾向を示しています。

経営体花き経営野菜経営普通作経営
種苗費1,585(7.6%)889(3.9%)567(2.7%)
肥料費559(2.6%)1,319(5.8%)1,607(7.8%)
農薬衛生費572(2.7%)936(4.1%)1,238(6.0%)
動力光熱費1,720(8.2%)1,043(4.6%)892(4.3%)
減価償却費 1,414(6.8%) 1,873(8.2%) 2,817(13.8%)
雇人費1,612(7.7%)1,220(5.3%)454(2.2%)

※1)()内の数値は収入金額合計比
※2)金額の単位は千円

まず種苗費が非常に高くなっています。これは球根等が輸入に多くを頼っているからかもしれません。その反面、肥料費や農薬衛生費はあまりかからないようです。

動力光熱費が非常に高いのも花き経営の特徴でしょう。花きは最も生産量が多いキクを中心に電照栽培が盛んであることや、通年での需要があるため暖房費が欠かせないからでしょう。

“見た目が全て”だからでしょうか、花きは管理に非常に手間がかかると言われ、それが雇人費の高さにも繋がっていると思われます。

経費にこのような特徴がある花きですが、最近の円安や原油高そして人手不足などで、種苗費や動力光熱費、雇人費という花き経営で元々大きくかかる経費が、今後さらに増加する可能性があります。もちろんこれは花き経営に限った話ではありませんが、このコスト増にどう対応するかは、今後の農業経営の大きな分岐点になるのかもしれません。

スケールメリットが効きにくい経営

以下は、花き農家の収入金額規模(横軸)ごとの世帯農業所得率(縦軸)です。花き経営は収入金額1,000万円~1,500万円未満の所得率30.8%を頂点にした、緩やかな山型を描きます。山型になるという事は、規模拡大が必ずしも所得効率性の上昇にはつながらないということです

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ではなぜ規模拡大をしても所得効率が上がらないのでしょうか。これは収入規模ごとの費用の動きを見れば解ります。以下の図は、主要費用の割合(各費用÷収入金額合計)を、収入規模ごとに表したものです。

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動力光熱費は規模拡大の動きとは連動しているとはいえず、7.4%~9.2%の間で上下に推移しています。しかし減価償却費は規模が大きくなるにつれ、その割合が低下する傾向が見て取れます。これは設備投資においては、規模拡大をするにつれ単位当たりのコストが下がる、つまりスケールメリットが働いているからと考えられます。

しかし雇人費になると明らかに逆の動きをしています。規模が大きくなるにつれ雇人費の割合が増加しており、収入金額700万円の時は収入に対して2.3%だった雇人費が、3,000万円になると10.2%になります。

つまり雇人費は、規模が大きくなるにつれその割合が高くなるということです。花き経営の所得率が山型になるのは、費用の中で大きなウェイトをしめる雇人費が、このような動きをしているからです。

なお、花き経営に限らず、雇人費がこのような動きをするのは、規模拡大をするにつれ安定的な労働力が必要になるため、より好条件で常時雇用を導入しなければならなくなるからだと思われます。人手がかかる花き経営はこの傾向が顕著なのかもしれません。

「花き王国」は農家の経営も良し

農水省の報告によると花きの産出額は、愛知県、千葉県、福岡県という順に多いようですが、農業簿記の花き農家件数は、愛知県、岩手県、北海道という順になりました。以下はその経営概要です。

都道府県(経営体数)愛知県(38)岩手県(37)北海道(34)
収入金額合計 26,609(100%) 14,228(100%) 25,842(100%)
うち花き販売額22,459(84.4%)10,643(74.8%)14,541(56.3%)
種苗費1,534(5.8%)816(5.7%)2,284(8.8%)
動力光熱費2,851(10.7%)682(4.8%)1,455(5.6%)
減価償却費1,885(7.1%)1,109(7.8%)1,690(6.5%)
荷造運賃手数料2,159(8.1%)2,644(18.5%)3,241(12.5%)
雇人費1,529(5.7%)1,013(7.1%)1,499(5.8%)
世帯農業所得8,030(30.2%)3,777(26.5%)7,688(29.7%)

※1)()内の数値は収入金額合計比
※2)金額の単位は千円

まず愛知県ですが、キクとバラは全国1位、カーネーションが長野県に続いて2位の出荷量を誇る「花き王国」です。経営も収益規模と所得率が共に高く、さすが日本一の花き産地といえる結果です。但し、花き経営の宿命なのかもしれませんが、動力光熱費が非常に高いのが気になります。それでも高所得率なのは荷造運賃手数料が低いことがあげられ、大消費地が近いことがその要因かもしれません。

岩手県はりんどうの日本一の産地でもあり、小菊の生産もあります。経営規模は比較的小規模で所得率も高くありませんが、前年の2020年は所得率が30.8%ありました。2021年に所得率(額も)が落ちたのは、コスト増ではなく花きの販売金額が大きく下がったことが原因です。2022年はまた盛り返して欲しいですね。

北海道はスターチス、カーネーション、ユリが多い産地です。北海道の花き経営は普通作や野菜との兼業が多いのが特徴です。また種苗費が比較的高いのは、ユリの球根は輸入が多いからなのかもしれません。

農水省によると、花き農家は若手の新規参入が多いようで(農業簿記の統計では平均年齢は低くないが)、外からみても魅力的に見えるのでしょう。所得額や所得率も高い方なので、経営的にも悪くない分野だと思われます。

しかし国全体でみると花きの産出額や販売農家の数は減っています。し好品であることが、日本経済の停滞による負の影響を受けやすいのかもしれません。いずれにしても冒頭の先輩の見込んだ「時代」には、まだ至っていないようです(笑)。

しかし一般的に保守的で地味に思われがちな農業において、若手や女性に人気のある花きという分野は、農業という産業全体のイメージを明るい方向に変える可能性があるように思われます。原油高等厳しい状況にはなりますが、何とか乗り越えていって欲しいものです。

関連リンク

農林水産省「生産農業所得統計
農林水産省「花木等生産状況調査

南石教授のコメント

農業経営の所得や収益を考えるとき、しばしば、いわゆる補助金が話題になります。補助金が所得に占める割合は、作目や経営の状況によって変わります。主食である水稲を対象とする補助金は他の作目と比較して多いといわれますが、その一方で、嗜好品の要素が強い花卉の経営を対象にする補助金は少ないとも言われています。

政策的な支援は、経営にとってプラスになりますが、そのことが様々な制約になり、自由な発想での経営展開ができない場合もあります。その意味では、花き経営は、様々な経営展開が自由にできるというメリットがあります。農業を始める若者も多様化しており、農家の子弟ではない都会育ちや女性の新規就農者も増えています。こうした新規就農者によって、フラワーアレンジメントやエディブルフラワーなども含めて、花きの新たな価値の創造が期待できます。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所