農業利益創造研究所

作目

産地の力が個人の所得向上につながる! リンゴ農家の経営を考える

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

国内の果樹作物は、生産量や作付面積でミカンがトップですが、それらをわずかに下回るかたちでリンゴが2位となっています。確かに我々の生活の中でもミカンとリンゴは、長い間非常に身近な果物で、生食だけでなく菓子やジュースなど様々な形に加工されて食べられています。このような我々の生活とは切り離せないリンゴですが、それを作っている生産者の経営状況は今どうなっているのでしょうか。今回はリンゴ農家の経営について考えます。

2021年はやや厳しい結果となったリンゴ農家

リンゴを主とする経営体331件の経営概要の平均は以下の通りです。

果樹農家平均
(経営体数1,838件)
リンゴ農家
(経営体数331件)
実数割合実数割合実数
販売金額13,40390.2%12,20688.0%1,197
 果樹12,52184.3%11,37682.0%1,145
 うち りんご10,65076.7%
収入金額合計14,851100.0%13,879100.0%972
世帯農業所得5,2253,8801,345
世帯農業所得率35.2%28.0%7.2

※割合は収入金額合計を100とした時の割合。
※金額の単位は千円。

リンゴ農家は果樹農家平均と比べると、経営規模(販売金額・収入金額)と所得率が共に低い状態にあります。その結果、所得額も3,880千円と果樹農家平均よりも1,345千円低くなりました。長年日本人に愛されてきたリンゴですが、2021年の数値を見る限り生産者はあまり楽な状態ではないようです

尚、リンゴ農家は件数的には稲作との兼営が最も多く、次いでわずかの差でリンゴ単作が多いのですが、りんご農家の稲作の平均販売金額は30~40万円程度なので、総じてリンゴ農家はリンゴ単作と言っていいぐらいリンゴへの依存度が高い経営と言えます。

所得率上位はリンゴ生産に特化している傾向がある

リンゴ農家を、所得率上位30%と下位30%とに分けて経営内容を比較してみます。

まず世帯所得は所得率上位グループが4,148千円勝っています。所得率下位グループは、収入金額合計では若干(189千円)高いのですが、費用合計が4,337千円と過大であり、これが所得金額の差を大きくしています。

収益状況を見ると、所得率上位グループは収入金額合計が低いのも関わらず、リンゴの売上では654千円高くなっています。これは、所得率下位グループがリンゴ以外の品目を上位より多く作付けをしているからであり、所得率下位は比較的分散型の経営にあると言えます。

なお、所得率上位の方が、平均年齢が5歳も若いということも興味深い結果です。

所得率上位30%
(経営体数99件)
所得率下位30%
(経営体数99件)

(上位-下位)
年齢52.757.7-5.0
収入金額合計13,53113,720-189
 うち 普通作261566-305
   野菜49251-202
   うち りんご10,5779,923654
雑収入1,5182,240-723
費用合計7,72412,062-4,337
世帯農業所得5,8071,6594,148
世帯農業所得率42.9%12.1%30.8

※金額の単位は千円。

所得率上位グループと下位で大きく差が開いた費用ですが、その中でも特に大きく差が開いたのは以下の通り、減価償却費、雇人費、荷造運賃手数料となります。このうち雇人費がもっとも大きく989千円の差がありますが、所得率下位グループは上位に比べ専従者の人数が少ないので(-0.4人)、それを補うための支出と考えれば、一概に過大とは言えないでしょう。減価償却費と荷造運賃手数料は確かに過大傾向にあると言えますが、金額的に見てこの二つが総費用の4,337千円(雇人費を引いても3,348千円)の差の主な要因とまでは言えそうにありません。

所得率上位30%
(経営体数99件)
所得率下位30%
(経営体数99件)

(上位-下位)
減価償却費8041,479-675
雇人費7331,723-989
荷造運賃手数料1,8062,369-564
専従者の人数1.51.10.4

※金額の単位は千円。

つまり所得率下位グループのリンゴ農家は、際立って何かの費用が大きいという訳ではなく、全般的に費用が多いのです。このように特定の費用ではなく全般的に生産費が過大である場合、費用の無駄遣いというよりも、投下した費用ほど生産性(単収・単価)が上がっていないことが疑われます。そしてこれは、所得率下位グループが収益面で分散型の経営であることと関係していると思われます。

つまり他の品目の作業が多くなることで、リンゴの管理に充分手が回らず、それによって収量や品質を落としている可能性があるということです。

いずれにしてもデータを見る限りでは、低所得率のリンゴ農家は、そのような分散型経営の悪いところが出てしまっているように思えます。

規模も効率も高い青森県のリンゴ農家

リンゴの産地といえば何といっても青森県で、実に全国のシェアの8割をしめています。次いで生産量が多いのが長野県となります。この二つの産地のリンゴ農家の経営の違いを見てみます。

青森県
(経営体数174件)
長野県
(経営体数79件)

(95件)
実数割合実数割合実数
年齢54.158.8-4.6
販売金額13,78189.6%9,72886.4%4,053
果樹13,00284.5%8,94479.4%4,058
うち りんご12,96984.3%7,30364.8%5,666
収入金額合計15,381100.0%11,263100.0%4,118
費用合計10,97271.3%8,39174.5%2,581
世帯農業所得4,40928.7%2,87125.5%1,538
世帯農業所得率28.7%25.5%3.2%

※割合は収入金額合計を100とした時の割合。
※金額の単位は千円。

まず、収入金額合計(経営規模)と所得率(経営効率)で共に青森県が長野県を上回っています。このことから、所得金額でも1,538千円ほど青森県が高くなりました。

特徴的なのは、長野県は収益におけるリンゴの依存度は64.8%と高くなく、他の果樹作物との複合経営の傾向が強いということです(その他果樹売上1,644千円)。確かに長野に行くとリンゴ農園があったりブドウ農園があったりで、同じ地域で様々な果樹作物を作っているということがすぐにわかります。

このような青森県と長野県の“リンゴへの集中具合”が、リンゴ農家の収入金額の差に大きく影響していると思われます。

尚、費用で両県の違いが最も表れたのは荷造運賃手数料です。

青森県
(経営体数174件)
長野県
(経営体数79件)

(95件)
実数割合実数割合実数割合
荷造運賃手数料2,87018.7%1,61714.4%1,2544.3

※割合は収入金額合計を100とした時の割合。
※金額の単位は千円。

両県の費用総額は、割合にすると3.2ポイント(74.5%-71.3%)青森県の方が少ないのですが、荷造運賃手数料は逆に青森県が4.3ポイント大きくなっています。つまり青森県の荷造運賃手数料は際立って大きいのです。これは青森県の方が長野県より消費地までの流通コストがかかるということもあるでしょうが、青森県は地域にリンゴの貯蔵施設があり、それを通じて通年出荷をするので、その施設利用料などが含まれていることが大きいと思われます。

貯蔵出荷ができる体制が青森リンゴ農家の強み

リンゴは概ね8月の下旬頃から収穫が始まり、11月頃が最盛期となります。

以下は、青森県と長野県のリンゴ農家の月別の販売高の割合です。概ね収穫時期に応じて販売高が推移していますが、非常に奇妙なデータが確認されます。6月の青森県の農家の販売高が突出して大きい事です。もちろん6月にこれだけのリンゴが収穫できるはずはありません。また12月の青森県の販売高は長野県を大きく下回っています。8割のシェアを持つ大産地の12月の販売高がこんなに少ないものなのでしょうか。

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さらにこの疑問に関連すると思われるデータを、もう一つ示します。以下はリンゴ農家の農産物棚卸高の残高ですが、青森県は300万円以上の棚卸しを計上しており、長野県とは桁違いに大きくなっています。なぜ同じリンゴ農家でこんなに大きな差がつくのでしょうか。

青森県長野県
期首農産物棚卸高3,418434
期末農産物棚卸高3,198437

※金額の単位は千円。

以上の疑問は、先に言及したリンゴの貯蔵施設を通じて考えると理解できそうです。

青森県にはリンゴの貯蔵施設が700以上あります。この施設により青森県のリンゴは高い鮮度を保ちながら一年を通じて出荷することができます。これら貯蔵されるリンゴの販売は年をまたぐため、会計上は棚卸資産として計上されているはずです。青森県のリンゴ農家が12月の売上が少なく、棚卸高が多いというのは、12月収穫分の多くが貯蔵用(期末棚卸資産)に回っているからではないでしょうか。

そしてこれらの貯蔵用リンゴの出荷は収穫期を過ぎた初夏まで続くのですが、それらは出荷の終わる6月頃にまとめて精算されるので、その時期の農家の販売高が異常に大きくなるのではないかと思われます。実際、期首棚卸高と6月の販売金額は共に350万円前後と近い値になっています。

このような通年出荷ができる貯蔵施設があることで、青森県のリンゴ農家はリンゴ生産に特化することができ、他県のリンゴ農家と比べ高い経営効率(高所得率)を維持しているのかもしれません

リンゴに限らずやはり大きな産地には、長い間に築き上げた大きな仕組みがあるものです。その仕組みは国内の農作物の流通を助けると共に、そこにいる生産者の手取りにも大きく貢献しているのでしょう。
「産地は一日にしてならず」ですね。

南石教授のコメント

今回の分析でも、いくつか興味深い点が明らかになりました。 第1に、同じ作物(今回はりんご)でも、所得率が高い農家群と低い農家群の間の大きな違いです。前者の所得率は42.9%であるのに対して、後者は12.1%であり、3倍以上の開きがあります。経費の内訳にも様々な違いがあることも明らかになりました。さらに、りんご栽培の技術や技能にも違いがありそうです。

第2に、同じ作物(今回はりんご)でも、産地によって、様々な違いがあることも明らかになりました。気候条件、土壌、主要な市場とそこまでの距離、他の主要な作目など、地域によって様々な要因が異なります。他の地域をそのまま真似ても、期待した成果は得られませんので、地域にあった品種、栽培方法、販売方法を発見していくしかありません。

青森の「通年出荷ができる貯蔵施設」という販売方法も、永年の模索を経て構築された、青森にあった販売方法といえそうです。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所