
個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
今まで何回かJAの職員さんから『ネギは良いよ~』と聞いたことがあります。それも特定の県や地域からではなく、いくつかの地域の職員さんから聞いた記憶があります。確かにネギは様々な料理に使われますし、年間を通じてよく食べられています。
最近では1本1万円のネギを売っている人が話題になっていますし、確かにネギは儲かるのかもしれません。ではどれだけネギが経営的に良いのかを一つ確認をしてみたいと思います。
ネギは名わき役?
まず2021年のネギを一番に作っている農家の決算概況を見てみます。
ネギ一位 | 全国野菜 | 差 | |
---|---|---|---|
経営体数 | 229 | 4,539 | |
収入金額合計 | 16,365 | 22,626 | -6,261 |
販売金額 | 12,299 | 18,237 | -5,938 |
うちネギ | 10,632 | – | – |
農業経営費 | 12,831 | 16,119 | -3,288 |
世帯農業所得 | 3,533 | 6,130 | -2,597 |
世帯農業所得率 | 21.6% | 27.1% | -5.5% |
※金額の単位は千円
収入規模が16,365千円、世帯農業所得は3,533千円、所得率も21.6%と、全国の野菜農家平均と比較すると、全てが低いという結果です。・・・正直、この経営概要をみると何が良いのかちょっとわかりません(・・・騙されたか?)。
もっとも、このデータにたまたま優良農家のデータが抜け落ちていただけかもしれず、実際大産地の千葉県と埼玉県のデータは少なくなっています。とはいえ2021年の農業簿記データでネギ農家の多い県は鳥取県、北海道、茨城県で、これらの県はネギの産出額で生産量トップテン内に入る産地ではあります。以下はその県の経営概要です。
鳥取県 | 北海道 | 茨城県 | |
---|---|---|---|
経営体数 | 33 | 19 | 19 |
収入金額合計 | 8,231 | 24,266 | 17,022 |
販売金額 | 6,793 | 18,840 | 13,370 |
うちネギ | 5,670 | 11,865 | 8,600 |
農業経営費 | 6,129 | 19,809 | 12,692 |
世帯農業所得 | 2,102 | 4,457 | 4,330 |
世帯農業所得率 | 25.5% | 18.4% | 25.4% |
※金額の単位は千円
最も経営数が多い鳥取県は、所得率こそ25.5%とソコソコの成績ですが、収益規模が8,231千円と専業経営としては小さい方と言えます。したがって世帯農業所得も2,102千円と少なくなりました。
北海道は逆に収益規模は24,266千円と大きめですが所得率が18.4%と低く、世帯農業所得になると収益規模が17,022千円の茨城県と大体同じぐらいになってしまいます。
いずれにしてもどの県も特段経営的に良いとは言えず、冒頭のJA職員さんの話しを証明するほどのデータではありません(・・・騙されたようだな)。
ただよく見ると、北海道と茨城県のネギ農家は、ネギの販売高が収入合計の中で相対的に高くないという傾向があります(北海道:48.8%=11,865÷24,266。茨城:50.5%=8,600÷17,022)。全体的にも64.9%(10,632÷16,365)と一位作物にしては高い割合ではありません。
ネギはもしかしたら“主役”というよりは、“わき役”(2番手以下の作物)で活きるタイプの作物かもしれません。
確かに、経営数から言うとネギを1番手の作物にしている件数は229件ですが、2番手以下の少しでもネギを作っている経営体数を含めると経営体数は548件と倍以上になります。主力作物として所得率は低いにも関わらず、随分作っている農家が多いようです。
大規模経営に欠かせぬ特徴
なぜあまり儲からない(?)ネギをこれだけ作る人がいるのでしょうか。以下は、月別のネギ農家の販売高の図です。
12月が大きく上がっているのは、ネギが冬野菜であることもあるでしょうが、およそ決算修正として、販売高を“駆け込み”で入力した影響が大きいかと思われます。
それ以上に注目すべきは1月~11月までの販売高に大きな増減が無く、販売高が比較的平準な所です。ネギは地域にもよりますが、作り方次第で周年に近い形で出荷ができる作物です。また収穫期が来てもある程度の期間土の中に入れて置けるので、収穫作業の時期が調整しやすい特徴もあります。このような特徴があれば、主力作物の農閑期に作業を入れることができ、その間に収入を得ることもできます。つまりネギは他の作物と組み合わせ易い作物と言えそうです。
このネギの特徴は、こんにち大きな意味を持つと思われます。
現在一件当たりの農家の経営規模は大きくなっているので、家族労働だけでは回らず、多くが外部からの労働力を必要としています。しかし全国的に労働力が不足している昨今、繁忙期だけに都合よく来てくれる優良な労働力はなかなか調達しづらく、常時雇用を導入して労働力を固定化させる傾向にあります。
常時雇用を雇うからには年間通じた仕事量と収入が必要になりますので、季節性のある作物(ほとんどの農作物)を作っている農家では、農閑期を埋めるための品目を導入することになります。その時に問題になるのが、現行の主力品目との相性です。主力作物と作業期間がかさばらず、新たな設備投資も最小限ですむ作物が、理想的な作物となります。
以下はネギ単作経営と、全国の野菜経営平均の減価償却費と雇人費の費用比率※です。
減価償却費と雇人費は野菜経営の中でも高額になる費用なのですが、ネギの場合、減価償却費が少なく、雇人費が多いという特徴がみられます。つまりネギは、人手がかかるものの設備投資が比較的少ない品目だということです。これは、人手を増やし(増やせざるを得なく)て複合経営化した農家には、コスト面でもおあつらえ向きの品目です。
費用比率※ | ネギ単一経営 | 全国野菜経営 | 差 |
---|---|---|---|
減価償却費 | 5.7% | 8.3% | -2.6% |
雇人費 | 10.6% | 5.4% | 5.2% |
※収入金額合計を100とした時の比率
ネギが経営的に良い理由、それはネギ単体の収益性にあるのではなく、主力品目を活かす特徴にあると言えそうです。ネギを導入することで、常時雇用の毎月の仕事と給与を確保できれば、その労働力を使って主力品目で大いに稼ぐことができます。したがってネギ単体の儲けはあまり問題ではない、ということかもしれません。
昔(今も?)、プロ野球の世界で資金力にものを言わせて、各球団の四番バッターばかりを揃えたチームがありましたが、それによって強くなったかと言えば、そうでもなかったということがありました。やはりバントのうまい選手、足の速い選手など様々な個性をうまく組み合わせるのがチームマネジメントの要諦なのでしょう。
およそこのことは農業経営も同じで、自分たちの経営目的や条件に合わせて、様々な経営要素をうまく組み合わせて最適解を導くことが、経営者に求められる能力なのではないでしょうか。そういう意味では、ネギは使い勝手の良いユーティリティープレイヤーなのかもしれません。
冒頭あげたJA職員さん達の言葉は、近年の大規模化した農家に対しての、玄人的な視点での言葉だったのかもしれません。彼らの言葉を一時的にでも疑った自分は、まだまだのようです(笑)。
南石教授のコメント
どの業界でも「儲かる」話は巷によくありますが、実際に誰でも「儲かる」商売はないというのが真実なのでしょう。経済学の教科書では「完全競争市場」について必ず説明があります。
今回の話題に関して言えば、仮に儲かる商売があっても、誰でも自由に参入できる産業では、多くの人が参入してきて商品の供給が増加する。すると、商品の価格が低下して、結果的に儲かる商売ではなくなります。ポイントは、商売でも職業でも、誰でもできることではそれほど儲からないということでしょう。
今回の分析に戻れば、ネギを作れば誰でも儲かるということではなく、他の農家では真似ができない工夫した生産・販売を行えば、ネギは儲かるということと理解できます。
例えば、九条ネギの生産販売を行う農業法人は、生産・加工・販売の独自ビジネスモデルを強みとして全国的に事業展開しており、天皇杯も受賞しています。こうしたネギの先進経営に留まらず、他の農家では真似ができない工夫した経営は儲かっているようです。