農業利益創造研究所

作目

回転率は経営にどう影響する? 通年栽培のホウレンソウ経営を探る

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

ホウレンソウや小松菜などの葉物野菜は一年で4~6作出来ます。つまりほぼ通年で出荷できるため、時々の相場が上下しても、年間でみれば安定的な収入が得られると聞いたことがあります。

では実際、葉物野菜の持つその回転の良さは、経営にどの程度結びついているのでしょうか。今回はホウレンソウの経営を見てみます。

所得率はやや高いが販売高は安定しているとは言えない

以下は、2021年と2020年のホウレンソウを一番に作っている農家と全国の野菜農家の経営概要です。ホウレンソウ農家は、規模は小さいものの、経営効率(所得率)では若干平均を上回っていますので、確かに“悪くはない”という感じでしょうか。

但し、2021年と2020年で野菜作全体では販売金額にあまり変動がないにもかかわらず、ホウレンソウは2021年の販売価格が全般的に落ち込み、所得率も低下しました。年単位で見ると、必ずしも安定しているとは言えないのかもしれません

2021年野菜作全国平均
(経営体数:4,539)
ホウレンソウ農家
(経営体数:89)
販売金額18,23715,823-2,414
 うちホウレンソウ13,161
収入金額合計22,62617,574-5,052
農業経営費16,32412,797-3,527
世帯農業所得6,1304,777-1,353
世帯農業所得率27.1%27.2%0.1%
2020年野菜作全国平均
(経営体数:4,090)
ホウレンソウ農家
(経営体数:84)
販売金額18,53917,338-1,201
 うちホウレンソウ14,482
収入金額合計22,33018,905-3,424
農業経営費16,10013,316-2,784
世帯農業所得6,0285,590-439
世帯農業所得率27.0%29.6%2.6%

※金額の単位は千円

雇人費が非常にかかる経営

次にホウレンソウ農家の主な費用の構成を見てみます。以下のデータを見ると雇人費の大きさが際立っています。ホウレンソウの収穫や出荷作業のほとんどは手作業なため、多くの人手を必要とするからでしょう。ですからホウレンソウ経営のポイントの一つは、節約するにも効果的に活かすにも、この人件費をどうするかにかかっていると言えるでしょう。

2021年野菜作全国平均
(経営体数:4,539)
ホウレンソウ農家
(経営体数:89)
肥料費5.8%3.2%-2.6%
農薬衛生費4.1%3.7%-0.4%
諸材料費4.5%6.5%2.0%
動力光熱費4.6%3.3%-1.3%
減価償却費8.3%7.3% -1.0%
雇人費5.4%13.1%7.7%
荷造運賃手数料14.6%14.9%0.3%

※収入金額合計を100とした時の各費用の割合

優良経営体はやはり単価・単収が高い?

以下は、所得率20%未満と35%以上のホウレンソウ農家の経営概況です。

優良経営体(所得率35%以上)は、経営規模も若干小さいですが、主要費用も軒並み小さくなっています。雇人費は非常に低い状況ですが、これは専従者の0.7人分と考えると実質はそれほど大きな差ではないと考えられます。

2021年所得率(経営体数)
20%未満(32)35%以上(26)
販売金額14,26013,677-582
 うちホウレンソウ11,23110,736-494
収入金額合計16,22414,753-1,471
 うち肥料費539451-88
 うち農薬衛生費639499-140
 うち諸材料費1,009719-289
 うち動力光熱費612453-158
 うち減価償却費1,401871-530
 うち雇人費2,5701,013-1,557
 うち荷造運賃手数料2,4362,100-336
農業経営費13,8198,304-5,514
世帯農業所得2,4056,4484,042
世帯農業所得率14.8%43.7%0.3%
専従者の人数1.11.80.7

※金額の単位は千円。

上記の経営概況を比率(収入金額合計を100とした時の各費用の割合)で表すと以下の通りとなります。所得率35%以上の優良経営体の主要生産費の割合がすべて低いというのは、逆に収入金額が高いことが予想されます。およそ反収や単価などの生産性が高いのでしょう

2021年所得率(経営体数)
20%未満(32)35%以上(26)
販売金額87.9%92.7%4.8%
 うちホウレンソウ69.2%72.8%3.6%
収入金額合計100.0%100.0%0.0%
 うち肥料費3.3%3.1%-0.3%
 うち農薬衛生費3.9%3.4%-0.6%
 うち諸材料費6.2%4.9%-1.3%
 うち動力光熱費3.8%3.1%-0.7%
 うち減価償却費8.6%5.9%-2.7%
 うち雇人費15.8%6.9%-9.0%
 うち荷造運賃手数料15.0%14.2%-0.8%
農業経営費85.2%56.3%-28.9%
世帯農業所得14.8%43.7%28.9%

※収入金額合計を100とした時の各費用の割合

高単価を狙うのなら夏場の出荷?

上記の通り優良経営体の生産性が高い理由の一つに単価が高いことがあげられますが、ホウレンソウの場合、年間で単価の上下が激しく、この流れとどう向かい合うが経営に大きく影響すると思われます。

以下は大田市場の2年間のホウレンソウの取扱量と単価の推移です(東京都 中央卸売市場日報、市場統計情報(月報)より)。

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ホウレンソウは暑さに弱く夏場に品薄になるため単価が高くなり、この市場データによると冬場の2倍以上の価格で取引されています。毎年このくらい価格差が出ると、収量が多少落ちても夏場に出荷することは経営的にプラスとも考えられ、実際、高冷地で夏のホウレンソウに力を入れている産地もあります。

もっとも、所得率の高い経営体は高冷地の経営体ばかりではなく、都市の近郊地もあります。夏場の価格上昇に目が奪われがちですが、それ以外の時期も価格変化が大きく(2020年2月~3月、2021年3月~4月は単価が約3割上昇)、この変化にうまく対応できた年は所得を大きく伸ばすことができるのでしょう。

実際以下の通り、他の作物との月別価格の標準偏差(値が大きい方が月毎の単価の変化が大きい)を比較すると、ホウレンソウは年間平均価格の±138.7円/㎏の変動があることになり、圧倒的に価格変化が大きいことがわかります。

ホウレンソウキュウリキャベツトマトニンジンネギ
1月604465113366134346
2月455377115399138361
3月41131494408170341
4月487254100371159340
5月41524188284133414
6月 47226782293130396
7月62430181336146391
8月857329105360116351
9月82533798482121 356
10月59234778492118355
11月57836279508131313
12月57846682432119313
標準偏差138.769.712.770.816.029.6

※単価データは大田市場の2018年~2022年の5年間平均(東京都 中央卸売市場日報、市場統計情報(月報)を基にしたウェブサイト「GD Freak!」から引用)
※単位は円/㎏。

これだけ価格が上下する品目を年間何回転も出荷するホウレンソウは、経営的に「儲かる」というよりは「面白い」作物といえるかもしれません。

南石教授のコメント

ホウレンソウや小松菜などの葉物野菜は、通年出荷が可能で、大型の農業機械は不要です。その一方で、収穫には多くの労働力を要します。このため、年間を通じて収入が得られるため、キャッシュフロー上はメリットがありますが、労働費が多くなる傾向があります。

また、季節や天候によって、生育や需要が変化するため、市場価格も大きく変動します。価格変動リスクが大きいということは、収益が不安定ともいえますが、一方で、栽培の時期や方法を工夫すれば、大きな収益を得る機会もあります。

今回の分析は、ホウレンソウや小松菜などの葉物野菜は、知恵と工夫で「儲かる」作物であり、「面白い」作物であることを明らかにしています。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所