
個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
近年の国際情勢の変化等により、日本の食料供給が重要視されています。現在の日本農業は高齢の経営者によって支えられており、今後10年先を見ると高齢生産者の生産量を後継者たちが賄えていけるか心配です。
今回は、80歳以上の事業主の農業経営はどのような特徴があるのか、様々な点から調べてみました。いずれにしても、80歳以上で農作業を行っているということすら驚きなのに、パソコンによる農業簿記ソフトを使って青色申告をしていることにも驚かされます。
日本の農業就業者の年齢構成
総務省統計局の資料によると、2022年9月時点の80歳以上の人口は1,235万人であり総人口の10%であり、世界の主要国の中で最も高いです。「農業」というくくりを抜きにしても、日本の高齢化は進行しているのです。
では、肝心の農業就業者の年齢構成はどうなっているのでしょうか。農林水産省「農業構造動態調査」によると、2022年における基幹的農業従事者数は123万人で平均年齢67.9歳です。
※農林水産省「農業構造動態調査」から引用
70歳以上の従事者は70万人であり全体の57%ですから、今後10年、20年先を考えると、少ない経営体で日本の食料を支えていかなければなりません。
農業簿記ユーザーの高齢事業主
農業簿記ユーザー13,300経営体の中で、特に高齢である80歳以上の事業主を営農類型別に集計しました。各営農類型の経営体の中での80歳以上の事業主の割合は以下の表のようになり、普通作と果樹は比率が高く、野菜は少ないという結果でした。
(畜産や花きは80歳以上の経営体数がわずかだったため集計対象外としました)
80歳以上の経営体数 | 各営農類型における比率 | |
---|---|---|
普通作 | 88件 | 2.8% |
野菜 | 65件 | 1.4% |
果樹 | 59件 | 3.2% |
農林業センサス2020によると、全国の農業就業者の中で80歳以上は17.3%ということですので、農業簿記ユーザーの高齢事業主は比較的少ないという傾向があります。
高齢事業主経営の専従者の種類別特徴
青色申告書に書かれている事業主は80歳以上だとしても、実際にメインで農作業を行っているのは後継者であるケースもあります。高齢事業主の専従者を、子供、妻、専従者無し、というタイプ別に分けて集計した経営体数は以下の通りです。
専従者に子がいる | 専従者が1人(妻) | 専従者がいない | |
---|---|---|---|
普通作 | 18件 | 31件 | 39件 |
野菜 | 21件 | 26件 | 18件 |
果樹 | 18件 | 26件 | 15件 |
これら3つのタイプ(後継者はいるが親がまだ事業主である、高齢夫婦2人、1人での経営)それぞれで何か特徴があるのか調べてみました。
まず、普通作の経営を見てみましょう。80歳以上の経営は88経営体ですが、下記のグラフを見ると、あきらかに高齢事業主の子がいるケースの方が、収入金額や世帯農業所得(控除前農業所得+専従者給与)が高く、農業所得率も高くて効率の良い大規模経営を行っています。
おそらく、高齢事業主がしっかり経営をサポートしながら、後継者がバリバリ仕事をしているのでしょう。
妻が専従者である経営、そして専従者がいない経営と、だんだん経営規模が小さくなり所得もかなり減っています。専業農家が後継ぎがいなくて規模を縮小したか、または、サラリーマンが定年退職して趣味の園芸的に農業を行っているか、そういった経営だと思われます。
次に野菜作経営を見てみましょう。普通作と同じ傾向になっていることがわかりますが、少し違うところは、専従者に子がいるケースでは、収入金額が全国平均より低いのに、農業所得率が非常に高くなっています。おそらく親の技術を学びながら、効率の良い経営を行っていると思われます。
最後に果樹作経営を見てみましょう。果樹も同じ傾向ですが、特徴的な部分は、高齢者1人経営でも収入金額が800万円と高額であり、所得も150万円と高くなっていることです。
これは野菜に比べて果樹の方が比較的重労働が少ないこと、また収量や品質を高めるために高い栽培技術が求められることが関係しているのではないかと考えられます。つまり、高齢でも高い栽培技術を持つ方なら、果樹経営であれば高い所得を得られるということです。
まとめ
今回は80歳以上の事業主という極端な高齢者経営を分析しました。後継者がいる経営は安心ですが、それ以外の経営(約7割)は近いうちに廃業となります。
ただ、経営体が減っても、大規模な農業経営体が増えて農地を引き継いでいる傾向は全国で見受けられますので、本当の課題は、経営体数の減少よりも、後継者がいない農家の農地を他の経営が円滑に引き受けられる仕組みができているかどうか、だと思います。
それから、今回の分析で気づいたことは、すでに後継者がいるのに経営を継承せず高齢事業主でいるということは本当にそれで良いのか、ということも心配です。実際は青色申告書に記載している形だけの事業主という農家もいるかもしれませんが、早めに事業主を後継者に引継ぎ、経営を任せるということも親として大事な教育です。
農林水産省のホームページに「家族経営協定」というものがあります。これは、家族農業経営にたずさわる各世帯員が、意欲とやり甲斐を持って経営に参画できる仕組みです。
ぜひ、親や後継者はこの協定を参考にして、経営の役割分担を明確にしていただきたいと思います。
関連リンク
総務省統計局の資料
農林業センサス2020
農林水産省「家族経営協定」
南石名誉教授のコメント
今回の分析から、農業経営が多様性であることを再認識しました。自分の裁量で農作物を生産販売して、80歳を超えても一人で年金以上の所得を得ることができる職業は、世の中にそれほど多くなさそうです。
一方で、家業として事業展開を行い、後継者も育成して農業経営をファミリービジネス経営者として成長発展させることもできます。こうした多様な形態が可能なことは、農業経営の魅力の1つといえそうです。