農業利益創造研究所

農業経営

農業王のヒアリング結果から、優良経営体の実態が明らかに!

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

ご存知の方もいると思われますが、今年の春に農業利益創造研究所とソリマチ株式会社の共催で「農業王 アグリエーション・アワード 2022」の受賞者が発表されました。これは「日本の農業界の発展に寄与することを目的」に、全国4つの経営類型の中から、持続可能な農業経営を実践している優れた農業経営者を表彰する企画です。

選考方法は、2021年の決算データから優良農家を選考し(1次審査)、その後経営状況などについての個別ヒアリングをして選抜(最終審査)するものでしたが、そのヒアリング結果をみると、決算データだけでは解らない農家の経営実態を垣間見ることができました。

今回は、その農業王の審査で行ったヒアリング結果を通して見える農家の経営現状について考えたいと思います。

ヒアリングの概要

最終選考対象としてヒアリングを行ったのは104件の農家で、経営概要は以下の通りです。さすがに最終審査に残っただけあり、皆さん優良経営体です。

作目
(経営体数)
普通作
(25)
野菜
(27)
果樹
(28)
畜産
(24)
平均
(104)
年齢52.855.957.355.455.4
収入金額31,43230,03832,75065,59439,309
世帯農業所得12,60313,37016,30515,08214,371
世帯農業所得率40.1%44.5%49.8%23.0%36.6%

※金額の単位は千円

ヒアリング内容は多岐にわたるのですが、今回は以下の7点の質問項目に絞って回答状況を見てみようと思います。


  • 6次産業化(農産物の加工・販売)を行っていますか
  • 農業生産工程管理(地域GAP・JGAP・GLOBALGAP・ASIAGAP)を導入してますか
  • エコファーマーに認定されていますか
  • 消費者への直接販売や直売所での販売をやっていますか
  • 経営理念(目的)を作っていますか
  • 後継者が従事している、もしくは決まっていますか
  • 認定農業者(認定新規農業者)に認定されていますか

経営類型別の回答状況

ヒアリングの質問に “はい”と答えた割合は以下の通りです。

普通作野菜果樹畜産平均
6次化12.0%7.4%28.6%20.8%17.3%
GAP28.0%25.9%35.7%0.0%23.1%
エコファーマー16.0%11.1%14.3%4.2%11.5%
直売60.0%40.7%42.9%20.8%41.3%
経営理念44.0%63.0%60.7%58.3%56.7%
後継者40.0%22.2%39.3%37.5%34.6%
認定農業者100.0%88.9%82.1%87.5%89.4%

こうしてみると、認定農業者であると答えた89.4%という数値は、他の項目で“はい”と答えたどの割合よりも抜きん出て多く、制度がよく浸透しているということが今さらながらよくわかります。特に普通作経営では全員が認定農業者でした。これはこの部門が補助金への依存が高く、それらの補助金のほとんどは認定農業者であることが条件になっているためだと思われます。

直売の実施率が4割を超えていますが、6次化が2割以下であることを考えると、6次化推進のボトルネックは加工にあると類推されます。確かに加工には知識や技能のほか、認可や設備などが必要な場合が多いので、ハードルはそれだけ高くなるということなのでしょう。

またGAPやエコファーマーより直売の実施率が高いのは、直売は収益に直接結びつくという点があるからだと思われます。逆に言うとGAPやエコファーマーをもっと農家に取得してもらうには、今まで以上の経営上のインセンティブが必要だという事なのだと思われます

そんな中で果樹経営にGAPの取得や6次化の実施が多いのは、輸出やそれによる付加価値化が進めやすいからなのかもしれません。このことは逆に、果樹経営では6次化やGAP取得が優良経営体になるための条件になりつつある、ということなのかもしれません。

経営理念の有無は、優良経営体には必須条件だと思っていましたが、実態は半数程度でした。その中でも普通作農家に経営理念を持つ農家が少ないのは、国策に大きく依存している部門なので、どこか“受け身の姿勢”が経営者に残っているからかもしれません。

しかし年齢別に見ると、経営理念がある層の方が比較的若いことが分かります。徐々にではありますが、農業にも「経営者」が増えてきていることの表れだとも思います

人数平均年齢
理念有り5953.2
理念無し4558.3

優良経営体ですから後継者は多いと思いましたが、いると答えたのが34.6%というのは予想外に低い値でした。これは今回の農業王の候補者に比較的若い農家が多かったこと(平均55.4歳)が原因と考えられますが、65歳以上の経営者の後継者の有無を見ても以下の通り45.8%でした。確かに全体よりは10%程度上がりましたが、それでも高い数値とは言えません。

65歳以上で後継者がいる割合
普通作野菜果樹畜産平均
60.0%40.0%50.0%33.3%45.8%

また、最も後継者がいないと答えた野菜経営(22.2%)ですが、そのうち後継者不在の農家の平均世帯農業所得は12,212千円でした。今回の最終審査対象者の中ではやや低めかもしれませんが、一般的には非常に高所得経営です。

結局、農業を継ぐか継がないかは、単に経営状況(儲けの高低)だけで決まるものではないということなのでしょう

定量データ×定性データの分析の可能性

以上のように、決算データなどの定量データをベースに今回のヒアリング結果等の定性データを掛けて分析することで、いつもの分析とはまた違った農家の経営実態が見えてきます。

今回は、農業王の最終審査対象104件という少数のデータからの分析なので、あまり断定的なことは言えませんが、それでもヒアリング調査が示す定性的な経営傾向は非常に興味深いものがあります。今後も機会があればこのような定量データと定性データを掛け合わせた分析を行って、その結果をお伝えしていきたいと思います。

南石教授のコメント

農業王受賞者の分析から、農業経営の将来を考える上で、大変興味深いことが幾つも明らかになりました。例えば、農業所得の平均は1,400万円以上あるが、後継者がいる割合は35%(65歳以上の経営の場合10ポイント増加)や、農業王受賞者のうち経営理念がある割合は若い農家の方が多い、などです。親の業種や所得は、子弟の職業選択に影響する要因の1つとして考えられます。

しかし、現代においては、その他の要因が子弟の職業選択にかなりの影響をもつといえます。例えば仕事への興味、やりがい、好奇心などです。若い時には、一般に新しいことへの挑戦やチャレンジを好みます。このため、親とは別の職業を選択する場合も稀なことではありません。

個人事業や中小企業の経営者の場合には、子弟の職業選択が、親の事業・企業の継承問題と直結します。今回の分析結果から、経営者の子弟が経営継承を行うには、所得と共に理念が重要な時代になっているようです。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所