農業利益創造研究所

農業経営

GAPを導入して儲かるの? 農業経営への影響を調べてみました

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

GAPとは、「Good Agricultural Practices」の頭文字を取ったものであり、「良い農業の取り組み」という意味ですが、農林水産省では「農業生産工程管理」と呼んでいます。

GAPの具体的な取組みとしては、たとえば農薬の適正使用や生産履歴の記帳が挙げられます。GAPの取組が正しく実施されていることを第三者機関の審査により、確認・証明してもらうことをGAP認証といいます。

東京オリンピックの選手村食堂で使う食材にはGAP認証が条件とされたことで、食の安全や環境保全に取り組む農場に与えられるGAPが注目されました。現在では、持続可能な社会を目指す取組み(SDGs)とGAPがつながっているということで、農林水産省などはGAP導入を推進しています。

そのように注目度が高まっているGAPについて、現在の農家のGAP導入実態は、どのようなものでしょうか。

決算数字からはGAPを導入している農家なのかどうかわかりませんが、農業簿記ユーザー13,300件の中で、仕訳の取引中に「GAP」+審査料・更新料・指導料など、という文字がある農家は、GAP導入済みか取得中の農家である、という判断で集計しました。

GAPの認知度

GAPに取り組むことで、生産管理や効率性の向上、食品安全、環境保全、作業者の経営意識の向上や農作業事故の回避につながる効果があります。また、自分の経営だけでなく、農薬使用違反の無い農産物出荷を行うことで産地が守られたり、地域の環境保存にもつながります。

日本GAP協会によると、GAP認証数と認証農場数(団体認証があるため)は増加しており、特にオリンピックの影響で2020年にぐんと伸びています。しかし、全国の農家数に比べたらまだまだ少ないのが現状です。

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農林水産省の「令和元年度食料・農林水産業・農山漁村に関する意向調査」によると、GAPの認知度は以下の表の通りです。また、消費者の認知度はさらに低くて、知っている人は11%だけです。

農業者へのアンケート
GAPを知っている21%
名前は聞いたことある24%
知らない54%

なぜGAPに取り組まないのか、という農業者への質問に対して、GAPを知らないが64%、GAPやらなくても販売できているが22%、その他は、メリットが無い、記録が大変、という回答が多かったようです

GAPには、地域固有のGAPと、日本GAP協会が認証する「JGAP・ASIAGAP」がありますが、認証を受けるには指導料や認証取得料などそれなりの額の費用が必要な他、取得後は継続的に作業記録をつけるなどの手間がかかります。

結局、お金と時間がかかることに対する何らかのメリットがないとGAP導入は進まない、ということだと思われます。

GAP導入農家の経営は

農業簿記ユーザーの中で、GAPを導入済みか導入中と思われる農家は119件ありました。営農類型別にみると、野菜の件数は多かったのですが全体の中での比率は他の作目とあまり変わりがありません。

何と言っても工芸作物のGAP導入率がダントツでしたが、実はすべてお茶の農家でした。GAP導入お茶農家は、半分以上が鹿児島県の農家です。

調べてみると、お茶飲料で有名な伊藤園のホームページに、「「お~いお茶 緑茶」原料茶葉のGAP認証を100%取得する」と記載されていましたので、おそらくこの影響だと思われます。

営農類型別 GAP導入農家
GAP農家数GAP農家÷全農家数
普通作270.8%
野菜430.9%
果樹110.6%
畜産2
花き1
工芸作物359.7%
1190.9%

次に営農類型別にGAP導入農家と全国平均を比較してみました。普通作、野菜、お茶、すべてにおいて収入金額と世帯農業所得(控除前農業所得+専従者給与)は全国平均を上回っており、GAP導入農家は経営規模が大きく、所得も高く優良経営であるといえます。

これがGAP導入の成果なのかどうかまでは断定できませんが、結果として何かしらの影響があると言えます。

GAP導入農家の経営
普通作野菜お茶
全国平均GAP農家全国平均GAP農家全国平均GAP農家
収入金額20,39825,14922,62634,26423,04136,950
世帯農業所得4,9245,5266,1308,8977,77410,093
世帯農業所得率24.1%21.8%27.1%25.1%35.4%30.0%

※金額の単位は千円

GAP導入農家の経営の特徴は

GAP導入の野菜農家に絞り、農産物販売金額を100とした費用の比率を全国平均と比較し、差があると思われる4つの費用科目だけをグラフにしました。

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GAP導入農家の種苗費が非常に高いです。GAP導入野菜農家の主幹作目を調べてみると、一番多かったのはトマト、次はタマネギや、イチゴ、ジャガイモ、キュウリ、レタス、という結果でした。GAPだから種苗費が高いというよりは、これらの作目の種苗費が高いのかもしれません。このデータだけでは、どちらなのか判別がつきません。

肥料費はGAP農家が高いです。これは有機質の少し高額の肥料を使っているからなのでしょうか。農薬費は平均より低くなっており、低農薬栽培を心がけていると思われます。それから、運賃が高いということは直接販売を行っている農家が多いのかもしれません。

まとめ

GAPは農場に対しての認証であり農産物へのものではないので差別化できないですし、消費者への認知度も低いため高く売れるようにはなりません。

「GAP導入イコール儲かる」とは言えませんが、導入しようという経営者意識の高さが結果として高所得経営につながっていると思います。

また、GAPを導入することは、農産物のおいしさ、品質、安全安心、作業者の安全、環境保全など、数値にはできない大事なものがあり、農業経営や地域社会にとって長い目で見た時に必ず成果が表れてくるものだと思います。

SDGsという持続可能な農業が話題になり、化学肥料や農薬などの資材が高騰している今だからこそ、GAP導入について考えてみる良い機会だと思います。

関連リンク

農林水産省「GAPとは
農林水産省「GAP(農業生産工程管理)をめぐる情勢
日本GAP協会「認証農場数の推移

南石教授のコメント

世界を見渡すと、GAPには様々なタイプがあります。商業的な農場認証としてはグローバルGAPが有名で、欧米主要国へ輸出する場合には、販売先のスーパーマーケット等の小売業者等から取引の前提条件とされることが多いようです。お茶は輸出農産物としても注目されており、そのためにGAP農場認証を取得している可能性もあります。

JGAPも商業的な農場認証に分類されます。国内大手スーパーでは、独自のGAP取り組みを取引条件とする場合もあるようです。この他、EU主要国では、水資源、大気、土壌等の環境保全を目的とする政策支援を受けるためのGAPもあります。

これからは、一般に環境保全GAPと言われるもので、EU直接支払のクロスコンプライアンス条件となっています。また、FAO及びWHOにより設置された国際的な政府間機関のコーデックス委員会が策定した食品汚染防止のための国際規範としてのGAPもあり、これらは、一般に食品安全GAPと言われています。

今回の分析の対象になっているGAP農家では、販売先からGAP農場認証を求められている可能性が高いと考えられます。換言すれば、GAP認証の取得が無ければ、取引ができないということになりますので、GAPは販路を広げるメリットがあります。種苗費、肥料費、荷造運賃手数料が高くなっている背景には、様々な条件を満たす高付加価値の野菜生産を求められている可能能性も考えられます。そうした努力に見合う収入や所得が確保できているか、さらなる分析が期待されます。

 この記事を作ったのは 農業利益創造研究所 編集部

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