農業利益創造研究所

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都道府県別ポジションを分析したら、産地ブランド力が見えてきた!

個人情報を除いた2020年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家16,590人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

農業は自然を相手にする産業ですから、地域によりいろいろ特色があることは言うまでもありません。今回は地域ごとの農家経営の違いについて考えてみたいと思います。

全国の地域別の経営ポジション

以下の図は縦軸に世帯農業所得率、横軸に収入金額合計(単位:千円)をとった各地域の農業経営の“ポジション”を表したものです。

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※赤い線は全国平均値

こう見ると、やはり経営規模では北海道が他の地域より圧倒的に大きいことが分かります。またスケールメリットが生かせるのか、収益性も高い状況にあります。

北海道の作物分野ごとの概況を見ると、野菜の経営規模(収入金額)と普通作の所得率の高さが目を引きます。野菜経営は都府県の平均収入金額合計が15,650千円なので、北海道の経営規模の大きさが際立っていると言えます。

普通作はスケールメリットが発揮しやすい分野なので、所得率も30.1%と都府県平均22.5%を大きく引き離しています。

北海道普通作果樹野菜施設園芸酪農肉牛
件数70513863407016
収入金額合計(千円) 30,07617,43541,74319,29179,13058,189
世帯農業所得率(%) 30.125.625.526.719.517.1

一方で所得率が非常に低い結果になった沖縄ですが、作物分野が特定できるデータが少ない中で推測してみると、分野的にもともと所得率の低い肉牛農家が多いことが、今回のような値になってしまった原因なのではないかと思われます。

以下、地域ごとに県の経営状況を見ていきます(各地方のグラフのスケールは全て統一してあります)。

東北地方の経営ポジション

全国的にはやや小規模で、所得率は平均並みの東北地方ですが、県別でみると以下のようになりました。

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※赤い線は全国平均値

東北地方の中では、高い収益性があるのは山形県です。山形県の高い所得率の作物分野というと果樹を連想させますが、実は果樹農家の所得率は全国平均の34.5%なので、山形県の果樹はそれを少し上回る程度です。

県全体の所得率を引き上げているのは野菜農家でした。野菜の全国平均は26.8%ですから、山形の野菜経営農家の所得率の高さは際立っていることが分かります。

山形県普通作果樹野菜施設園芸酪農肉牛
件数101451251058
収入金額合計(千円)13,61216,77018,26416,69334,86941,333
世帯農業所得率(%)25.935.232.925.017.58.8

この山形県の野菜農家ですが、品目別にみるとメロンを第一に作っている農家が多く、平均46.1%と非常に高い所得率を示しています(メロンは施設園芸に分類されますが、これらの農家は複数の品目の野菜をつくっており、その合計の販売額はメロンより多いので、統計上は野菜農家に分類されています)。これが山形の野菜農家の平均値を高める要因になっていると思われます。

関東甲信地方の経営ポジション

全国的にみると、経営規模と収益性がともに平均よりやや上回っている関東甲信の農業経営ですが、規模では群馬県、収益性では山梨県が地域をリードしているようです。

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※赤い線は全国平均値

群馬県といえば高原野菜を連想しますが、経営規模の県平均値を上げているのは(露地)野菜農家ではなく、全国平均を大きく上回る規模の酪農・肉牛の畜産農家でした。

山梨県は以下の通り所得率は全般的に高めですが、特に果樹農家と野菜農家の利益率が非常に高くなりました。品目別に見るとブドウ、シャインマスカット、桃などを作っている農家が多く、これらが県の利益率を押し上げる要因になっています。特にシャインマスカットを作っている農家は、所得率が50%を越えています。

山梨県の農家が各作物分野で所得率が高いのは、多かれ少なかれこれらの果樹を経営の中に取り入れているからではないでしょうか。

山梨県普通作果樹野菜施設園芸酪農肉牛
件数283565104
収入金額合計(千円)4,03710,82713,20914,45378,11529,875
世帯農業所得率(%)39.241.342.339.714.811.4

北陸・東海地方の経営ポジション

米どころというイメージのある北陸ですが、左側に寄っていることからも全国的な位置づけは小規模で、経営効率も石川を除いて平均以下となりました。

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※赤い線は全国平均値

新潟県はイメージ通り普通作経営の農家は多いのですが、一戸当たりの経営規模は意外に小さいようです。農林水産省の調査によると新潟県の水田面積は北海道に次いで全国で2番目に大きいのですが、基盤整備が進んでいる田の割合は全国平均を下回っています(農林水産省 平成30年3月 「農業生産基盤の整備状況について」)。

加えて集落型の農事組合法人も早い段階から多くを立ち上げてきたことなどもあり、新潟県の普通作の個人経営農家の規模は統計上小さくなっているのかもしれません。

そして普通作は経営規模が所得効率に強く影響するので、所得率も低くなったと思われます。

新潟県普通作果樹野菜施設園芸酪農肉牛
件数277181104113
収入金額合計(千円)12,63416,43316,37321,70845,91546,405
世帯農業所得率(%)21.031.626.718.211.918.5

東海地方は全国的には経営規模などほぼ中間の位置を占めていますが、地域内では各県でかなり状況が異なるようです。

農業県でもある愛知県が規模的には一つ抜け出しているようですが、域内に多くいる野菜農家に比較的大きな農家が多いことが原因の一つと思われます。

また岐阜県は、小規模経営ながら全ての作物分野で全国平均を上回る所得率を計上しており、小回りの効いた効率的経営ができているように思われます。

近畿地方の経営ポジション

近畿地方は全国的にみても小規模経営が多い地方ですが、所得率では和歌山県が40.1%と全国でも最も高く、それが近畿全体の収益性を押し上げました。

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※赤い線は全国平均値

和歌山県は全般的に作物分類がわかるデータが少ないため、詳細な分析はできませんが、確認できるデータからみると果樹経営の平均所得率が46.3%と非常に高い値を示しています。

果樹農家のなかでは、梅とミカンを中心に経営している農家が多く、梅農家の所得率は42.8%と非常に高い値になりました。

米の需要と共に、梅の需要も減っていると聞いたことがありましたが、まだまだ日本人にとって梅は欠くことができない作物のようです。

中国・四国地方の経営ポジション

中国・四国地方は全国的に見ても小規模の農家が多く、特に中国地方にその傾向が強く出ています。

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※赤い線は全国平均値

四国の所得率は4県とも全国平均より高く、中でも愛媛県は和歌山県に続き全国2位の値を記録しました。

愛媛県普通作果樹野菜施設園芸酪農
件数1613771153
収入金額合計(千円)7,29513,6099,79910,13861,287
世帯農業所得率(%)15.936.231.026.416.9

品目別にみると、やはりミカン等柑橘類の農家が数的には圧倒的に多いのですが、所得率は34.1%と果樹としてはそう高いほうではありません。

作物名件数収入金額計(円)世帯農業所得率(%)
ミカン・柑橘類12014,736,85134.1%

但し、同じ果樹経営の中では少数ながら、ぶどうや柿を作付けしている農家は所得率が40%を越えており、これらが愛媛県の平均を上げていると考えられます。

なお、県別の所得率のトップ3は、和歌山県、愛媛県、山梨県で、これら3県は果樹の大産地であると同時に、山間部が多く耕地面積は多くない県です。

このことは、一見すると農業には不利と思える中山間地域でも、果樹など収益性の高い品目で経営を行えば、充分に農業経営が成り立つことを示していると思われます。

九州地方の経営ポジション

九州地方は全国的に見て収益性が低くなりましたが、これは宮崎県、鹿児島県という農業県に肉牛経営の割合が高いからだと思われます。

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※赤い線は全国平均値

鹿児島県は全国有数の農業県でありながら、今回のデータでは経営規模も小さいと判断されました。特に地域で盛んな肉牛経営の収入金額が全国平均33,355千円を大きく下回っていることは意外に思われるかもしれません。

これはおよそ鹿児島県の農業法人の数が北海道に次いで多い(2020年農業センサスより)ため、大規模経営のデータが個人経営を対象とした今回の統計から多く抜けているからだと思われます。

鹿児島普通作果樹野菜施設園芸酪農肉牛
件数2315227387119
収入金額合計(千円)13,0435,63113,41913,22059,86320,773
世帯農業所得率(%)20.627.620.523.46.812.7

まとめ

全国的にみて最も高い収益性を上げている3県はどれも果樹の大産地でした。これらの県の果樹農家が高い収益性をあげているのは、一人ひとりの農家の経営努力があってのことは言うまでもありません。

しかし、同じ品目で同レベルの品質なら、有名産地の作物に高い価格がつくのが農作物です。高い収益性は、これらの地域が産地としてのブランド力を持っていることにあることも否定できないでしょう。

経営は基本的には個別なものですが、農業の場合、産地の力は個々の経営に大きな影響を与えます。したがって地域の力をまとめて一つの産地を作り上げ、それを維持していくことは、農家にとっては必要な経営力の一つかもしれません。

農家が大型化しつつある現在、法人化など一軒一軒の農家の経営力に様々な関心や支援が向けられています。そんな中で、長い年月と多くの中小農家の手によって作られた「産地の力」という経営力も、見逃してはいけない要素だと思います。

関連リンク

農林水産省 平成30年3月 「農業生産基盤の整備状況について

南石教授のコメント

農林水産省では、農業所得、農業粗収益、農業経営費などを定めています(農林水産省「用語の解説」)。

「農業所得」=「農業粗収益」―「農業経営費」。
農業粗収益:農業経営によって得られた総収益額。
農業経営費:農業経営に要した一切の経費。雇用労働費、支払利子、支払地代、物財費、搬出費、包装荷造費、経営管理費等。
農業所得率:農業粗収益に占める農業所得の割合。

農業所得率の増加には、農業粗収益の増加や農業経営費の低減が必要になります。仮に、収量や販売価格が低く農業粗収益が低下しても、それ以上に農業経営費が削減できれば、農業所得率は高まる余地があります。逆に、如何に収量や販売価格が高くても、農業経営費がかかれば、結果的に農業所得率は低くなります。

下記計算式からも、農業所得率は、農業経営費と農業粗収益の比率で決まることがわかります。

農業所得率(%)=((農業粗収益―農業経営費)÷農業粗収益)×100=(1-(農業経営費÷農業粗収益)×100

地域・産地によって、気候風土や農地の条件、市場環境が異なり、農業の条件不利地といわれる地域もありますが、農業経営費と農業粗収益のバランスを最適化することで、農業所得率の向上は可能といえます。両者を如何にバランスさせるかがポイントであり、農業経営者の腕の見せ所といえます。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所