
個人情報を除いた2020年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家16,590人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
酪農は高額な初期投資が必要で、新規就農のハードルは高いイメージがあります。でも、酪農で年収1,000万円以上稼げるとしたらどうでしょうか。お金がすべてではないにしろ、魅力的ですよね。
今回は、酪農個人事業農家391件のデータを様々な角度で集計し、高所得酪農農家の特徴を分析してみたいと思います。
酪農で有名な県の特徴
農林水産省「2020年 牛乳乳製品統計調査」によると、都道府県別の牛乳生産量のダントツ1位はもちろん北海道で、全国の生産量の55%を占めています。第2位は栃木県で4.4%、第3位は熊本県で3.5%です。
それでは広大な大地の北海道の酪農は、本州と何が違うのでしょうか。この3道県の売上や費用、借入金などを集計し、その特徴を探ってみましょう。
全体平均 | 北海道 | 栃木県 | 熊本県 | |
---|---|---|---|---|
世帯農業所得 | 9,306 | 15,454 | 13,573 | 7,549 |
世帯農業所得 率 | 14.9% | 19.5% | 14.6% | 14.4% |
収入金額 計 | 62,522 | 79,130 | 93,019 | 52,432 |
うち 稲作 | 476 | 179 | 466 | 56 |
麦類 | 127 | 545 | 68 | 0 |
その他作物 | 536 | 1,348 | 134 | 468 |
雑収入 | 6,008 | 9,808 | 7,214 | 5,968 |
生産原価 | 41,248 | 48,234 | 63,142 | 34,619 |
うち素畜費 | 1,892 | 2,517 | 3,876 | 432 |
肥料費 | 770 | 2,355 | 269 | 288 |
飼料費 | 23,653 | 20,900 | 39,303 | 20,919 |
減価償却費 | 7,888 | 10,662 | 11,434 | 6,228 |
雇人費 | 1,299 | 1,196 | 2,054 | 597 |
一般管理費・その他 | 12,077 | 15,818 | 16,305 | 10,837 |
専従者給与 | 3,417 | 5,174 | 4,936 | 2,232 |
借入金 計 | 17,571 | 28,421 | 18,295 | 9,357 |
借入金÷収入金額 率 | 28.1% | 35.9% | 19.7% | 17.8% |
※1 経営体数は全体が391件、北海道が70件、栃木県が45件、熊本県が10件
※2 金額の単位は千円
表を見てみますと、北海道と栃木県の世帯農業所得(農業所得+専従者給与)が1,000万円以上ということに、まず驚きます。収入金額自体は栃木県の方が高く、栃木県は稲作も行っていますが、北海道はその他作物(野菜など)が高くなっています。
特徴的なのは、北海道が栃木県と比べて肥料費が高く、飼料費が低いことです。おそらく北海道では自分で牧草を育てて飼料にしているので、このような結果になるのではないかと推測されます。肥料費が200万円高くても、飼料費が1,800万円安くなっているので、結果的には経費節約となっています。
ということは、酪農の高所得化のポイントはエサ代の節約、ということなのかもしれません。ただし、これは広大な土地がある北海道ならではのやり方であり、土地の制約がある本州で真似をするのは容易ではない可能性があります。
さらに、北海道は収入金額に対する借入金額が35.9%と、借入金の額が非常に高くなっています。しかし、これを経営安全性が低くてよろしくない、と判断するのか、最新の設備を導入するために将来的な挑戦的投資をしているのではないか、と見るかです。
もしかしたら開拓者精神のある北海道の酪農農家は、新しい挑戦の継続により、現在の成功を収めたのかもしれません。
所得率の高い農家と低い農家の特徴
次に、全国の酪農農家の中で世帯農業所得率が高い農家(所得率35~40%)と、低い農家(5~10%)の経営構造をそれぞれ比較してみました。
所得率が低い方の収入金額は8,100万円、高い方の収入金額は4,500万円と倍近い差があり、さらに世帯農業所得には2倍以上の違いがあります。
全体平均 | 所得率10~15% | 所得率30~35% | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
平均額 | 比率 | 平均額 | 比率 | 平均額 | 比率 | |
世帯農業所得 | 9,306 | 14.9% | 6,505 | 8.0% | 16,537 | 36.5% |
収入金額合計 | 62,522 | 100.0% | 81,420 | 100.0% | 45,362 | 100.0% |
うち麦類 | 127 | 0.2% | 122 | 0.2% | 1,772 | 3.9% |
その他作物 | 536 | 0.9% | 701 | 0.9% | 2,874 | 6.3% |
雑収入 | 6,008 | 9.6% | 7,122 | 8.7% | 9,938 | 21.9% |
生産原価 | 41,248 | 66.0% | 58,559 | 71.9% | 20,869 | 46.0% |
うち肥料費 | 770 | 1.2% | 831 | 1.0% | 2,518 | 5.5% |
飼料費 | 23,653 | 37.8% | 34,126 | 41.9% | 6,972 | 15.4% |
減価償却費 | 7,888 | 12.6% | 10,927 | 13.4% | 3,892 | 8.6% |
雇人費 | 1,299 | 2.1% | 1,998 | 2.5% | 300 | 0.7% |
一般管理費・その他経費 | 12,077 | 19.3% | 16,356 | 20.1% | 7,957 | 17.5% |
専従者給与 | 3,417 | 5.5% | 3,271 | 4.0% | 4,222 | 9.3% |
借入金 計 | 17,571 | 28.1% | 29,024 | 35.6% | 11,634 | 25.6% |
※1 経営体数は全体が391件、所得率10~15%が66件、所得率30~35%が8件
※2 比率は収入金額合計を100とした場合
※3 金額の単位は千円
ここで見る所得率が高い農家の特徴は、前述した北海道の酪農農家の特徴に似ています。
麦や野菜などの作目を作付けていて、その分の雑収入が多い。肥料費が多くて飼料費が少なく、北海道と同様に牧草を作付けしている農家であると思われます。
ただし、北海道に比べると収入金額も借入金額も少なくなっており、決して大規模経営ではありません。でも、最終的な世帯農業所得は1,650万円ですから、非常に効率の良い経営と言えるでしょう。
逆に所得率が低い農家は、減価償却費が多く、雇人費が多く、借入金が多くなっています。やはり人や機械の経費がかさんでいるため、最終的な所得が少なくなってしまうようです。
効率の良い適性規模はどれくらいなのか
次に、収入金額別(経営規模別)に世帯農業所得率をグラフにしてみました。1,000万円未満は赤字経営ですが、1,000万円以上から1億円まではほぼ同じ所得率です。所得金額はもちろん違いますが、効率性はほぼ一緒であるという結果です。
酪農はそれなりの設備投資、すなわち固定費がかかりますので、規模に応じてコストは下がるはずなのでが、あまり関係ないというのは興味深いです。そして、1億円を超えると効率は落ちます。
あくまでも推測ですが、大きい牧場の場合は従業員を雇い、すべての牛に目が行き届かず、管理が粗くなるからではないでしょうか。効率性で見た時に、中規模程度の経営の方が大規模経営より利益率が高い経営であるということが言えるかもしれません。
まとめ
酪農の仕事は休みが無いと思われがちですが、現在は仲間同士で互いに助け合ったり、パートタイムで仕事を請け負う酪農ヘルパー制度を使って、自分の時間を確保しているケースが多くなってきているそうです。これからの若い人に酪農に魅力を感じてもらうには、そのような変化が必要でしょう。
酪農は毎日牛乳を生産し、基本的にすべて乳業メーカーに買い取られますので、いわゆる在庫を抱えず、安定的な売上が見込める仕事です。だからこそ、計画的な投資をし、デジタル化等でち密な管理を行い、効率経営化すれば確実に高所得経営が行えます。
酪農は加工しても良し、牧場を観光業として展開しても良し、糞をたい肥にして牧草を育てて循環型経営をするのも良し、地域全体で取り組む地域おこし的なことも行えたりと、幅広い可能性を秘めています。もっと酪農の新規就農者が増えていくことを期待します。
■関連リンク
農林水産省「2020年 牛乳乳製品統計調査」
南石教授のコメント
今回の分析では、酪農経営の、農業所得+専従者給与の高さが改めて確認されました。酪農では、給餌から、畜舎清掃、搾乳まで、ほとんどの屋内作業のロボットが実用化されており、海外では100頭規模の経営が作業者1人でも可能といわれています。
さらに、酪農ではゲノム情報の活用も進み、ロボット搾乳に適した乳牛の精子等、いろいろと特性を選択して人工授精を行うことも広く行われています。このように、現在の酪農は、所得も高く技術革新が進んでいるのです。
その一方で、酪農の経営環境は大きく変化しており、楽観視できない面もあります。気候変動の面では、メタン発生源として牛のゲップが注目されており、エネルギー効率の悪い家畜由来の乳製品や肉の代替食品が注目を集めています。経営が安定している間に、次の一手が期待されるのは、どの分野・業界でも同じです。