
個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
これまで2021年と2020年の経営比較は、様々な角度から行ってきました。今回はそれらの前年比較を、“経営が向かった方向(経営ベクトル)”と捉え直して、図上であらためて確認してみようと思います。
全体はほぼ変化なし
以下の図は青色申告者全体の、2020年から2021年の経営の変化です。図の縦軸は世帯農業所得率で、横軸は収入金額合計となっています(以下の図はすべて同じ)。
この通り、ベクトルは僅かに右下に向かっただけで、2021年はコロナ禍にあったものの総じて農業経営には変化が無かったと言えます。

2021年 | 2020年 | |
---|---|---|
収入金額合計 | 23,679 | 23,247 |
所得率 | 24.3% | 24.9% |
※金額の単位は千円
経営作物ごとでは変化あり
主幹作物の類型ごとに見ると、まず工芸作物が右上に大きく伸びています。右上への変化とは、収入規模も所得効率も共に伸びた状況を指し、経営が躍進したことを表します。この工芸作物の伸びは、コロナ禍の“巣ごもり需要”によるお茶の販売高が上がったことが主な要因であり、他の作物の変化と比べても際立って大きいものです。
工芸作物に次いで右上に伸びているのが花きとなります。花きの中でも最も生産量の多いキクは2021年に高値を付けたので、その影響なども表れていると思われます。尚、2022年のキクの単価はさらに上がったので、2022年の花き経営はさらに上に伸びることも予想されます。
これら工芸作物や花きの大きな伸びがあったにも関わらず、全体が僅かに右下に傾いたのは、件数の多い普通作と規模の大きい酪農の経営が下向きになったからでしょう。
いずれにしても2021年は、全体ではほとんど変化が見られないにも関わらず、作物ごとに見ると一定以上の変化があったことが伺えます。

米価の低迷が全国の農業経営に大きな打撃となる
地域ごとの経営ベクトルをみると、東海と九州が僅かに右上に向いています。この地域には静岡県と鹿児島県というお茶(工芸作物)の産地があるので、その躍進の影響を受けたものと思われます。
それ以外の全ての地域は下向きとなりました。特に東北と北陸の低下が目立ちますが、この二つの地区は普通作への依存度が相対的に高いことが、その大きな理由でしょう。

普通作経営の経営ベクトルを地域ごとに表すと以下の通りとなりました。上向きの地域はなく、どこも下向きという「ドシャ降り」状況です。
2021年は米価が大きく落ち込んだのですが、稲作は全国ほとんどの地域で作られているため、日本全国の農家経営に対するダメージも大きくなりました。但し、2022年の米価は少し持ち直したようなので、次年度はV字回復をする地域もあると思われます。

都府県の野菜農家は苦戦
統計上、最も経営体数が大きい野菜経営のベクトルを地域ごとにみると、以下の通りとなります。我が道を独走する北海道が右上に伸びていることが確認され、2021年は北海道の野菜作経営が躍進したことが伺えます。

都府県の地域のベクトルが密集しているので、以下のように拡大してみます。
野菜農家が多い関東甲信や九州が左下に向いていることをはじめ、2021年の都府県の野菜農家は概して苦戦したことが伺えます。

所得率高位安定の果樹経営
果樹経営の地域ごとの経営ベクトルは以下の通りです。各地域が左上に集まっており、果樹経営が小~中規模の高所得率経営あることは、全国共通の特徴と言えそうです。
関東甲信、四国に次いで果樹経営が多い東北の落ち込みが気になるところです。

2020年から2021年の農家の経営は、大きく見るとほぼ変化はないように見えます。しかし、細部を見ると大きな動きをした要素もあり、それらが打ち消し合って全体の安定があることが判ります。
換言すると、各産地や経営作物が相互に支え合い、全体で日本農業のバランスをとっている関係のようにも受け取れます。
こう考えると、小規模の産地や生産量の少ない作物なども、日本農業全体としてみると必要である場合もあり、簡単に切り捨てられないことにも気づかされます。
南石教授のコメント
今回の分析をみると、収入金額や所得率の地域性が大きいことが改めて再確認でき、さらに作物によっても、収入金額や所得率の関係も異なっているように見えます。
例えば、作目全体の傾向を「作物類型別」の図でみると、酪農や肉牛等の畜産は収入金額が大きく所得率は低く、一方、果樹は収入金額が小さく所得率は高くなっています。普通作は収入金額も所得率も中程度であり、全体的に見れば、収入金額が大きい作目では、所得率が低い傾向が見られます。
今回の分析では、同じ作目でも、作物、品種、栽培方法等が異なるためか、地域特性があることが明らかになりました。やはり、農業と地域性は不可分のようです。
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