農業利益創造研究所

機械・設備

規模拡大は万能か? 農業所得率から見る適正規模とは

個人情報を除いた2020年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家16,590人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

「日本の農家は小規模農家が多いので規模拡大が喫緊の課題である」という話を、社会の授業やメディアなどから繰り返し聞かされてきたせいか、多くの人は日本の農業は“小規模”で“不効率”というようなイメージを持っていると思います。

そんなことからか、補助事業なども規模拡大を要件としたものが多々ありますし、JAや普及所が農家に規模拡大を勧めている場面にも何度か出くわしたこともあります。こうしてみると「規模拡大」はまだ営農指導の中心課題の一つとしてあるようです。

ところが、実際に農家に接してみると、小さい農家とは兼業農家か高齢の農家もしくは新規就農者等で、専業農家の多くは人手不足に悩むほどの規模で経営を行っています。

それどころか、規模拡大を過剰にしたことによってか、膨らんだ借入金の返済に苦しんでいる農家や、それにより廃業に追い込まれた農家なども少なくありません。

こうした現状を踏まえると、農家の経営規模については、海外との競争だけを念頭に置いた議論だけでなく、個々の農家の志向や能力に応じた「適正規模」という観点で考えることも必要なのだと思います。

では、農家の「適正規模」とはどのくらいなのでしょうか? それは作物や地域、そして農家により様々でしょうし、また何をもって「適正」というのかについても色んな“物差し”があるはずです。

ただそのうえで今回は、農家の所得効率との関係で「適正規模」を考えてみたいと思います。

最も所得効率が高い規模が“今の農家の経営体質”に合っている規模であり、それは今後も無理なく経営を続けていける規模だと想定されるからです。

以上により今回は、販売規模(経営規模)が大きくなるにつれ、所得率(経営効率)がどのように変化していくかを、2020年の統計データから確認してみたいと思います。

※なお、以降の世帯農業所得率は、グラフを含め所得率と表記します。

営農類型別の販売規模と所得率の関係性

普通作

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※稲・麦・大豆の合計販売金額が、他の営農類型の販売金額と比べて最も多い経営体2,739件

まず普通作を見てみますと、販売規模が大きくなるにつれ所得率も上がる傾向が確認できます。これは面積や数量に応じて支払われる経営安定対策等の影響もあるかと考えられますが、なにより普通作は機械化が進んでいる分野であることが大きいと思われます。

一般的にスケールメリットというのは、減価償却費や人件費など固定費の稼働率が高くなるにつれ発揮されるものです。

このことから基本的に普通作においては、経営規模を拡大していくことは利益効率のアップにつながると考えて良いかもしれません。

しかし販売金額2,000万円以上(稲作面積だと約20ha以上)になると所得率は29.9%で伸び止まっています。3,000万円以上(約30ha以上)のデータは少ないためその先は何とも言えませんが、少なくともオペレータ1人の個人経営では、このぐらいの規模が最もパフォーマンスが良いのかもしれません。

果樹

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※果樹の合計販売金額が他の営農類型の販売金額と比べて最も多い経営体1,175件

続いて果樹ですが、これも普通作と同様な形で右肩上がりのグラフになりました。普通作との違いは比較的小規模の段階でも高い利益率が確保出来ていることでしょう。

そのことから規模拡大による所得率の上昇は比較的緩やかで、2,000万円~3,000万円の販売規模で所得率が頂点に達しています。

果樹は普通作と違い機械化は進んでいませんが、その分労働力を必要とします。労働力もスケールメリットを左右する要素ですが、このグラフの推移からすると、2,000万円を超えた規模のあたりが、個人経営農家が従業員を使いこなす限界なのかもしれません。

野菜

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※野菜の合計販売金額が他の営農類型の販売金額と比べて最も多い経営体5,283件

野菜は1,500万円~2,000万円の販売規模で所得率が頂点になり、その後低下するという山型のグラフになりました。これは言うまでもなく、一定規模を越えると逆に効率が下がるということです。

野菜の中には様々な品目があるので、一概に1,500万円~2,000万円の規模が適正規模であるとは言えませんが、このように利益効率は山型になる傾向があるという事は留意するべきでしょう。

つまり自分の経営の適性規模を超えて拡大させると、かえって経営を悪化させる恐れがあるという事です。

ここで所得率が下がる原因は、生産設備の稼働率や労働生産性が低下したことにあると推測されます。個人経営農家では、この規模以上になると手が回らないのか、目が行き届かないのか、せっかく揃えた設備や人材も充分に活かしきれなくなってくるのかもしれません。

酪農

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※酪農の合計販売金額が他の営農類型の販売金額と比べて最も多い経営体391件

酪農は経営規模が変化しても、所得率は概ね15%~19%の間を推移しており、規模による所得率の変化は小さいと言えます。

この理由は詳細な調査をしないとよくわかりませんが、このデータからすると、少なくとも規模拡大をしてもスケールメリットはあまり期待できないのかもしれません。

もちろん所得金額自体は規模の拡大に伴い足し算ベースで増加するでしょうが、一般的には規模拡大に伴い借入金も増加することを考えると(経費と認められるのは借入金の利息分だけで、元金部分は所得額から返済となるので、会計上の所得が高くても、生活費は少なくなることもあります)、単純に所得金額の増加だけで規模拡大の成果を評価することはできません。

肉用牛

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※肉用牛の合計販売金額が他の営農類型の販売金額と比べて最も多い経営体474件

肉用牛も酪農と同じく、経営規模の拡大によって所得率の大きな変化は確認できません。あえて言えば、1,000万円~1,500万円の販売規模を頂点とした緩やかな山型のグラフになっているとも言えます。

但し、繁殖・肥育とも肉用牛の農家で1,000万円~1,500万円の販売規模というのは小規模に属すると思われ、兼業である可能性もあります。そう仮定すると肉牛の専業農家層は規模拡大すると若干所得効率を落としていると言えそうです。

肉用牛の経営は、種付けや素牛の購入から売上につながるまで2年弱の期間が必要で、一回一回の出入りする金額も高額です。

また、初期費用が不足した農家も経営ができるように、導入家畜を農家が買い取るのではなく、JAや全農所有の家畜を“借りて”育成するという「預託家畜」という制度(牛を借りると言っても実際は導入代金の借入であり、販売時点で導入代金とその間の金利を清算する)があります。

この制度により借入金の発生や返済も売買の流れの中で“自動的”に行われることがあり、借入残高の増減に注意が向きにくい傾向があります。

肉用牛の農家はよく“どんぶり勘定”だと言われますが、上記のようにそもそも資金の流れがつかみにくい経営形態なので、その管理が行き届かないのはある意味無理のない事とも言えます。

しかしそういう状態ですと、規模を拡大すれば一度に多額の入金もあるため儲かっているような錯覚に落ちやすく、不効率のまま規模拡大をしていくことにもなりかねません。

このようなことから肉用牛の農家は、自分の所得目標をしっかり定め、それ以上の規模拡大については慎重に考えていくべきなのでしょう。

まとめ

以上、作物分野ごとに所得率と販売規模の関係を見てきましたが、全てに共通していることは、非常に小さい規模なら、ある程度の規模拡大は経営の効率化につながるという事です。

しかしこの小さい規模とは、概ね事業規模とは言えない規模です。つまり規模拡大が非常に有効なのは、兼業から専業になる範囲においてであり、すでに一定の規模の農家にはその効果は限定的であり、場合によっては効率を悪くする場合もあるという事を留意すべきでしょう。

近年、農業者の人口は減っていますが、そのかわりに一戸の農家の経営規模は昔に比べ非常に大きくなっています。そのような農業全体の大きな構造変化があるわけですから、小農が乱立していた時代の農業経営に関する常識や手法も、適宜アップデートしていかなければならないと思います。

南石教授のコメント

農業経営学では古くから、規模は大きい方が良いのか、適正規模が良いのか、議論が分かれています。今回の分析は、所得率が大きくなる売上規模が、作目によって異なるという興味深い傾向を明かにしています。

野菜経営、酪農経営、肉用牛経営では、所得率が最大になる規模(販売額、売上高)があるようです。一方、普通作経営や果樹経営では、そうした適正規模(販売額、売上高)はみられず、販売額が大きいほど所得率は増加するようです。

何れもしても、規模が小さすぎると、やはり所得率は下がる傾向がありますので、一定の所得率を確保するにはある程度の規模は必要の様です。

それぞれの経営者が、自分の経営の適正な規模を考えて評価する指標や基準として、何が最も相応しいのか、自身の物差しを持つことが大切です。

経営規模を作物の栽培面積や家畜の飼養頭数等の物理的な投入量で測るのか、売上等の経営成果の金額で測るのか、いろいろな考え方があります。最近では、人材が重要になっているので、従事者数で経営規模を測る方法もあります。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所