農業利益創造研究所

収入・所得

平均所得率の高さに惑わされるな! 標準偏差から見る経営リスク

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

ある母集団の傾向を把握する場合、「平均値」を取るというのは一般的に考えられている最も基本的な手段だと思われます。但し、平均からではわからない実態もあります。例えば以下のデータですが、母集団A・B共に平均値は50です。ですがこの二つの集団は果たして「同じ集団」と呼べるのでしょうか。およそ多くの人は同じではないと感じるはずです。

母集団A母集団B
5010
45100
4830
53110
540
・・・・・・
平均値:50平均値:50

では、この二つの母集団は何が違うのか?それは見ての通り、個々のデータのバラツキの程度です。母集団AはBに比べると各データ間の差が少ない。逆に言うとBは各データが上下に散らばっています。

このデータのバラツキをどう評価するかですが、例えば株価などは、価格の乱高下が激しい銘柄は、リスクが高いと評価されています。それは高い価格になる反面、短期間で暴落する恐れもあるからです。株価を経営成績に置き換えて考えると、利益が年によって大きく上がったり下がったりする会社も、ある意味リスクが高いと判断されるでしょう。

農業経営でも、同じ経営品目で所得率のバラツキが大きい品目と少ない品目があます。非常に高い所得率の農家もいる半面、低い所得率の農家も多い品目は、仮に平均値が高くても経営的にはリスクが高いということもできます。今回は、経営品目ごとの所得率のバラツキを見て、その経営リスクを確認してみたいと思います。

尚、上記のデータのバラツキを本稿では「標準偏差」という概念で表し、この値が高いものをデータのバラツキが大きいと判断します。ちなみに上記の母集団Aは標準偏差3.3、母集団Bは46.0となり、母集団Aは46.7~53.3(50±3.3)の範囲、母集団Bは4.0~96.0(50±46.0)の範囲に約7割のデータがあると考えます(母集団のデータが正規分布の状態にあることが前提)。

酪農は所得率の変化が最も小さい

以下のグラフは2021年の収入金額500万円以上の経営体の平均所得率と標準偏差を、作物類型ごとに表したものです。

所得率が35.2%と最も高い果樹経営が、標準偏差14.5と最も高くなりました。ただ普通作や野菜・花きの経営体も標準偏差14を超えており、果樹の14.5という数値は際立って高いものでは無いようです。したがって果樹経営は平均所得が高いにもかかわらず、リスクは他の経営類型と比べてさほど高いとは言えない、ということが言えます。

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逆に標準偏差が9.7と所得率変動のリスクの低さが目立つ酪農経営ですが、当の所得率自体が低い水準にあるので、あまり肯定的に受け取れる結果でもないように思えます。一方でこの結果は、酪農全体の経営手法の合理化や規格化がかなり進んでいるため、個別の経営者の努力で所得率が変動する余地は小さい、ということなのかもしれません。

尚、以下は2020年のグラフです。この年は花き経営の所得率の標準偏差が15.0と他より少し大きくなっていますが、酪農以外の標準偏差も1.8の範囲(13.2~15.0)でとどまっており、ことさら花き経営のリスクが高いとも言えません。

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対して2020年も酪農経営は平均所得率が低く、標準偏差も低くなりました。この2年間を見る限り、酪農経営は大きく所得率が落ち込む恐れは少ないが、伸びしろも小さいといえ、個々の経営努力が限界に達している状態のようにも感じられます。

ジャガイモは低リスク品目か

次に2021年と2020年の、野菜・果樹・花きの主要品目ごとの所得率と標準偏差を見てみます。

イチゴとブドウは所得率と標準偏差が共に高くなっています。これらの作物は、品種や売り方などが多様なので、経営者のやり方次第で所得率が大きく伸びるということでしょう。ある意味“面白い作物”と言えるかもしれません。しかしだからと言って安易に「儲かるぞ!」といって飛びつくと痛い目に合う(低所得率になる)可能性もあることをデータは示しています。

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ジャガイモは2年とも標準偏差が低くなっています。データの多くを占める北海道のジャガイモ農家は、甜菜との兼営が多く、甜菜に対する経営安定対策も受け取っています。ですからジャガイモ農家は、収益構造が分散されており、収入が安定する傾向にあります。このようなことから、ジャガイモ農家は経営体毎の所得率の差があまりでない、つまり経営リスクが低いのだろうと思われます。所得率自体はそれほど高くはありませんが、経営者毎に差が出ない≒安定しているというのはやはり大きな魅力でしょう。

以上、所得率とその標準偏差を見てきましたが、同じ平均所得率でもその母集団のバラツキ具合で評価も変わってきます。経営は長期戦なので、仮に所得率は高くとも高リスクであるならば、その品目は敬遠するといった判断も充分合理性があると言えます。

当たり前のことですが、経営作物の選定は、単に流行りや評判に左右されるのではなく、自分の技術力や性格、志向、地域事情などを冷静に鑑みて選定すべきなのでしょう。

南石名誉教授のコメント

今回の分析では、同じ年の異なる経営のデータを使って、平均値や標準偏差を算出しています。所得率の標準偏差が小さいということは、同じ作目の中で個々の経営間の所得率のばらつきが小さいことを意味します。生産物の生産技術が標準化されて、販売方法にも違いがないような作目が該当すると考えられ、分析結果は、酪農が該当することを示しています。

一方、標準偏差が大きいということは、経営間の所得率のばらつきが大きいことを意味します。個々の経営による生産技術に違いがあり、販売方法を多様化している作目が該当すると考えられます。分析結果は、イチゴやブドウが該当することを示しています。

今回の分析結果は、酪農よりも、イチゴやブドウの所得率の方が、個々の経営の技術力や販売戦略によって影響を受け易いことを意味しています。これらの作目では、個々の経営の創意工夫の余地が大きい反面、期待する成果が得られないリスクもあることを意味します。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所