農業利益創造研究所

インタビュー

自然体でシンプルに!逆境に強い酪農経営【農業王 2023:土塊牧場】

「農業王2023」受賞者インタビュー 長野県伊那市の小野寺 土菜さん

ソリマチ株式会社と農業利益創造研究所は、日本農業に無くてはならない個人事業農家を応援するために、優れた経営内容で持続可能な優良経営を実践している農業者を表彰する「農業王 アグリエーション・アワード 2023」を実施しました。

約10万件の農業会計データと関わるソリマチ株式会社が、青色申告決算書をもとに経営の収益性・安定性を審査して全国101人を選考し、最終的に北海道から九州までの9ブロックから、普通作(米+麦・大豆)部門、野菜部門、果樹部門、畜産部門の「農業王」を選出いたしました。

農業王には、収益性、安全性、経営力、地域貢献、持続可能性に優れた「SDGs農業賞」15名、収益性、安全性に優れた「優良経営賞」86名の二つの賞があります。

今回は、畜産部門で「SDGs農業賞」を受賞した長野県伊那市の小野寺 土菜(どな)さんと奥様の歩(あゆみ)さんからお話をお聞きし、その経営についてご紹介します。

様々な経験を経て酪農の道へ

長野県伊那市は稲作を中心に、野菜、果樹、花卉などを取り入れた複合的な農業が展開されています。また県内有数の酪農地域としても知られていて、牧草地も広がっています。

今回、農業王を受賞した小野寺さんが営む土塊(つちくれ)牧場は、約55頭の乳牛による酪農を行っています。専従者は父親、母親、奥様の三名という家族経営で、繁殖も自ら行っていて、雌牛は手元に残し、雄やF1牛(交雑種)は売却しています

小野寺さんは26歳の時に就農しました。十代の頃から継ぐつもりで、有機農業で有名な愛農学園農業高等学校を卒業し、その後は栃木県で農場管理のボランティアを行ったり、東京へ出て音楽を勉強したり、海外でバックパッカーをしていたこともあるそうです。

「酪農は一度継いだら、めったに家を空けられない。だから、経営を継ぐ前にやりたいことを全てやろうと思いました。実は、就農する前は野菜栽培が好きで、高校時代やボランティアでは野菜を選択したんですよ(笑)」

実は、小野寺さんは農業高校で現在の奥様と出会いました。小野寺さんがアルバイトなどをしている間、奥様は清里で三年間酪農を学びました。低温殺菌や放牧も行っている牧場で貴重な体験を得てから、就農した小野寺さんと二人三脚で土塊牧場を営んでいくことになります。

餌に工夫をしてコストを削減

土塊牧場の所得率は34.6%と高く、全国平均の9.9%と比べると大変素晴らしい数字です。特に酪農経営はウクライナ危機による飼料高騰で深刻な大打撃を受けていますが、土塊牧場の経営は安定していて、去年に比べて売上がアップしているのですから驚きです。

土塊牧場では、飼料費は全国平均の半分とかなり安く抑えられています。配合飼料と牧草を半々で与えていて、牧草は大半が自家製です。先代から餌やりを引き継いでからしばらくは、大きな撹拌機を使い単品で購入したいくつかの餌を独自に混ぜていましたが、手間やコストを省くため、思い切って一種類に統一したそうです。

「飼料は各ステージごとに様々なものが用意されてますが、うちでは搾乳用しか与えていません。理由は作業を簡素化できて安いからです」

牧草のほ場も年々拡大し、現在は16haに広がり、今年はとうとう牧草を外から買わないでやりくりできたそうです。たい肥にはもちろん牛糞を利用し、化成肥料は尿素のみを使うことでコストを抑えています。

小野寺さんによると、牧草のほ場を育てたい酪農家が多くて、この辺りの土地は確保が大変だそうです。「今年はあの畑は使われていないな……と気づいたら、持ち主に事情を聞きに行って、使わないのなら自分に貸してくれませんか、と交渉します。そうしないと、良い土地を手に入れるのは難しくて」

飼料高騰が背景にあるとはいえ、放棄地で悩む地域のことを考えれば、明るいニュースかもしれません。牧草が余れば近隣の農家に売ることもできるので、小野寺さんは今後もさらにほ場を広げていくつもりだそうです。

種付けを自前で行える強み

他にコスト削減のポイントとしては、繁殖のための種付けを奥さんの歩さんが担当している点が挙げられます。種付けには家畜人工授精師の資格が必要ですが、歩さんは清里で種付けを学んだ経験があり、それを元に資格を取得したそうです。

「種付けを組合の職員や獣医師に頼むと一回4,000円前後は取られますから、家庭内で作業を行えば安く済みます。また、私が担当すると、常に牛の様子を見ていて最適なタイミングで種付けを行えるので、成功率も高くなります」

実際に土塊牧場の素畜費は平均の6分の1と非常に低く、それで繁殖成功率も上がるのなら一石二鳥です。ただ、小野寺さんは繁殖での利益は計算に入れないようにしているとおっしゃっていました。「子牛は価格の変動が激しいので、あくまでも補助で、メインの牛乳で利益を出すように気を付けています」

10年以上前に導入した井戸水の取り組みも効果があったそうです。敷地内に井戸を掘って井戸水を利用し始めたところ、年間60万円かかっていた水道代が削減できた他、乳量も大幅にアップしたそうです。綺麗な水は牛の体調にも良いのかもしれません。

そのようにコスト削減を心がけている小野寺さんですが、作業効率化は重要との考え方から、機械には積極的に投資しています。糞尿を運び出すバーンクリーナーを導入し、搾乳機も新しいものに変えました。さらに牧草ロール作りに使うロールベーラーの更新を検討中だそうです。

「ただ、それが150馬力くらいのトラクターじゃないと使えないんですよ。機械を大きくすれば牧草の刈り幅が大きくなって作業効率化にもなるし、本当は大きくしたい。ただ、大きすぎると狭いほ場に入らないので、難しいですね」

環境にも牛にも優しい酪農を目指して

土塊牧場の面白い試みに、牛糞から作ったバイオガスを燃料に使うというものがあります。施設は小野寺さんの両親が導入したもので、自宅で調理に使用するガスの8割は、このバイオガスでまかなわれているほか、牛舎での器具洗浄に使用する水を温める目的にも使われています。

また、小野寺さんはアニマルウェルフェアを大切にしたい、とも語っていました。アニマルウェルフェアとは日本ではまだ聞き慣れない言葉ですが、家畜がストレスのない環境で健康的に生活できる飼育方法をめざす畜産です。

土塊牧場では一般的なサイズよりも牛一頭に当てる区画を広く取っていて、将来的には乾乳期に外で運動させて、伸び伸びと暮らせる環境を作りたいそうです。

「牛たちがストレスのない環境で過ごしていれば病気にもなりにくいですし、乳量も安定します。こちらにもプラスになることですから」

最後に、飼料や肥料の高騰について感想をお聞きすると、「確かに大変ですが、決断がしやすくなった部分もあります。牛がバランスを崩すと立て直すのが大変だから、今までのやり方を変えるのはとても勇気がいります。ただ、とにかく飼料が高いのでコスト削減のために色々と変える勇気が湧きました。そうじゃなかったら、自分で栽培しないで今でも牧草を買っていたかもしれません」

ピンチをチャンスに、という言葉がありますが、飼料が高騰している現状を前向きにとらえて経営改善を進める姿勢は、見事の一言です。夫婦そろって終始にこやかに答えられていた小野寺さん。お二人の元にいる牛たちは幸せだろうと、そう思わされるインタビューでした。
農業王の受賞、おめでとうございます。

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 この記事を作ったのは 農業利益創造研究所 編集部

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