
「農業王2024」受賞者インタビュー 山梨県韮崎市の猪股 重教さんと息子の重幸さん
ソリマチ株式会社と農業利益創造研究所は、日本農業に無くてはならない個人事業農家を応援するために、優れた経営内容で持続可能な優良経営を実践している農業者を表彰する「農業王 アグリエーション・アワード 2024」を実施しました。
今年で三年目となる本アワードでは、約10万件の農業会計データと関わるソリマチ株式会社が、青色申告決算書をもとに経営の収益性・安定性を審査して、最終的に北海道から九州までの9ブロックから、普通作(米+麦・大豆)部門、野菜部門、果樹部門、畜産部門、花き部門の「農業王」を選出いたしました。
農業王には、収益性、安全性、経営力、地域貢献、持続可能性に優れた「SDGs農業賞」15名、収益性、安全性に優れた「優良経営賞」70名の二つの賞があります。
今回は、畜産部門で「SDGs農業賞」を受賞した山梨県韮崎市の猪股 重教(しげのり)さんと息子さんの重幸(しげゆき)さんからお話をお聞きし、その経営についてご紹介します。猪股牧場は昨年に続けて、二年連続の受賞という快挙です。
肉用牛の一貫経営でリスク分散
猪股牧場は、甲州牛の繁殖・肥育一貫経営およびぶどう栽培の複合経営です。山梨で育てられた黒毛和牛でA4ランク以上に格付けされた牛は「甲州牛」として提供されますが、猪股牧場は、そのような高品質の牛を安定して供給しています。
肉用牛の生産過程は、母牛から仔牛を増やす「繁殖」と、仔牛を大きく育てる「肥育」に分かれています。この繁殖と肥育をどちらも行うことを「一貫経営」と呼び、今回取材した猪股牧場はこの一貫経営を行っていることが大きな特徴です。

一貫経営は素牛を自前で育てるため費用が抑えられる、血統にこだわって良い牛を育てられる、など様々なメリットがありますが、繁殖と肥育を両方とも行うのは難しいと言われています。
しかし、重教さんは早くから一貫経営に取り組んできました。近年、素牛の価格高騰や暴落が起こりましたが、一貫経営はそのような変動にも影響されにくいのが強みです。
またリスク低減のためのもう一つの取り組みは「無借金経営」。畜産を始めた時も、可能な範囲での拡大を段階的に行うことで無借金を実現し、それが現在まで続いています。「支払いの期限が迫ると、どうしても気持ちがそちらに行ってしまう。良い牛を育てることに集中するためにも、負債は持たない方が良いと考えています」
息子さんが加わって、牧場を規模拡大
今年の「SDGs農業賞」受賞者の中で、二年連続の受賞は猪股牧場だけです。昨年から経営方法はさほど変わっていない、とのお話でしたが、大きな変化が一つありました。
「今年の4月から、事業継承を見据えて、息子が仕事を辞めて牧場に加わりました。牧場の主力は息子に移したので、私自身は以前よりも余裕ができましたね」
昨年9月に重教さんは怪我で入院しました。その時は重教さんと奥様、重幸さんの奥様の三人で牧場を運営していましたが、重教さんが作業ができず、非常に苦労しました。その様子を見た重幸さんは「いつ何があるかわからない。そろそろ自分が入る時ではないか」と考えたそうです。
「将来的に牧場を継ぐ決心はついていましたが、定年まで勤めて、それからのつもりでした。でも、それでは遅いと感じて予定を繰り上げたんです」
現在、猪股牧場は重教さん夫婦、重幸さん夫婦の四人体制です。昨年から牛を20頭増やし、現在は繁殖40頭、肥育80頭の計120頭で、年間35~40頭の出荷を行っています。重幸さんが加わって余裕ができたので、牛舎の広さを考慮しつつ、ぎりぎりのところまで拡大したそうです。
事業承継に向けてそれぞれの役割分担
一貫経営の中でも、重幸さんが繁殖と育成、奥様が肥育、重教さん夫婦は育成と肥育の中間、6か月~11か月の牛をそれぞれ担当しています。繁殖は特に難しい分野のため、後継者である息子さんに任せているそうです。
重幸さんは務めていた頃も土日には牧場を手伝っていたので、就農後も大きなギャップを感じることはありませんでした。ただし、高品質を保たなくてはいけない、病気の牛を出してはいけない、というプレッシャーを感じているそうです。

「親父にも主力を任せると言われていますので、牧場が上手くいくかどうかの責任が自分にあると感じています。就農前は、就農したら時間をフルに使えるから、ある程度ゆとりができるだろうと考えていましたが、牛を「見る」時間は想像以上に長く、やはり楽はできませんね」
猪股牧場では牛の出産を管理するため体内の温度を測る機械や、牛の首に取り付けて活動情報を分析する機械を導入しています。そのため、夜間の見回りなどの労力は大幅に軽減されましたが、それでも人間の目で見ることは大切で、重幸さんは牛の状態のチェックに十分な時間をかけています。
ぶどう栽培+肉用牛のメリットは?
猪股牧場はぶどう栽培と肉用牛の複合経営という、やや珍しい形態の経営です。もともと重教さんは就農当時からぶどう栽培を行っていて、牛を飼い始めたのもぶどうの堆肥を作るためでした。しかし、畜産業を拡大して肉用牛がメインになったため、ぶどうのほ場は縮小し、省力化が図れる醸造用品種へと変えました。
「畜産農家さんは畑で粗飼料を育てている方が多いですが、私たちは粗飼料のWCS、チモシーなど、大半の飼料を購入しています。しかし、飼料費はぶどうの収入でまかなえているんですよ。ぶどうにはぶどうの良さがある、そう感じています」

ちなみに縮小した元ぶどう畑には牧草を植えて、牛に食べさせています。飼料の必要量に比べればごくわずかですが、牧草地での食事は運動になり、牛の健康にも役立ちます。
経営を安定させるため、さらにチャレンジを続ける
ゆくゆくは事業を継ぐ重幸さんに、今後チャレンジしたいことはありますか?と尋ねてみますと、「既に取り組んでいることではありますが、牛の血統をより良くしていきたいですね」とのお返事でした。
たとえば体格が大きい、肉質が良いなど収益につながる資質を持つ牛を選び、その牛の卵子と上質な精液で受精卵を作り、他の牛に移植し産ませます。これを繰り返すことで、より良い牛が増えていくのです。
冒頭に述べたように、A4ランク以上に格付けされた黒毛和牛のみが「甲州牛」という名前を冠することができます。猪股牧場が出荷している牛は全て甲州牛ですから、現時点で高品質という評価を受けています。
実際に、重教さんも血統を良くすることは意識してきたそうで、「受精卵を作って他の牛に入れるとしても、どの牛を選べばいいのか迷う。それくらい、今は良い牛ばかりになっているんですよ」とおっしゃっていました。しかし重幸さんは現状に満足せず、さらに結果を出したいというチャレンジ精神を見せました。

「外部で働いていた私が加わったということは、人件費は一人分増えたのと同じです。これ以上の規模拡大は難しいと思いますので、とにかく安定して利益を出せるようにしていきたい。そう考えています」
今回のインタビューでは、重教さんとその奥様、重幸さんとその奥様の四人からお話をうかがいました。終始和やかにそれぞれ質問に答える様子からは、家族の絆が感じられます。
「外部雇用をしてまで拡大することは考えていません。家族経営を続けることが理想ですね」と最後におっしゃっていた重幸さん。猪股牧場は、家族経営の理想形の一つともいえるのかもしれません。
農業王の受賞、おめでとうございます。
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