農業利益創造研究所

作目

動力光熱費が値上がる中でキクの花き経営はどう変化したか?

個人情報を除いた2022年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家11,500人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

物価高騰の中で農産物の生産コストが上がっていることは今までコラムで述べてきましたが、花き栽培の生産コストはどれくらい上がっているのでしょう。花き栽培は温度管理だけでなく、花が咲く時期を光で調整することが他の農産物には無い大きな特徴です。そのため、その分の費用がかかるのではないかと推察できます。

今回は、花の中でも電照栽培を行っているキクを重点的にデータ分析したいと思います。(電照栽培とは、電灯照明により日照時間をコントロールして開花時期を意図的に調整する栽培方法です)

花の出荷量

まず、日本の花きはどのような花が多く栽培されているのか見てみましょう。農林水産省作況調査(花き)の統計資料から、花の種類別出荷量割合TOP7のグラフを作成しました。

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何と言っても葬儀用で多く使われるキクがダントツの1位です。しかし、2022年のキクの出荷量は対前年比で95%で減っているそうです。コロナ禍の影響で、葬儀が徐々に家族葬という形で規模が小さくなってきている影響と思われます。切り花全体の出荷量を見ても、対前年比98%と縮小傾向となっています。

花の種類別の経営内容

次に農業簿記のデータを集計し、出荷量TOP7に入っている、キク、トルコゴキョウ、カーネーション、バラの4種類の花を栽培している農家の経営内容を調べてみました。

収入金額を比較するとバラ農家が一番規模が大きく、世帯農業所得もバラが636万円という高所得です。バラはハウス栽培が多いので動力光熱費が高く、また手間がかかるため雇人費率も高いので、所得率で見ると21.6%と一番低くなっています。

トルコギキョウは、荷造運賃手数料は多少高いですが動力光熱費と雇人費が低く、所得率が一番高いです。トルコギキョウも電照栽培を行っていますし、収穫の手間が同じようにかかるのに、なぜ低くなっているのかは不明ですが、経営効率の良い花と言えます。

主な花の種類別の栽培農家一戸当りの平均値
キク トルコ
ギキョウ
カーネー
ション
バラ
収入金額 20,298 13,592 23,520 29,442
世帯農業所得 5,526 4,169 5,649 6,362
世帯農業所得率 27.2% 30.7% 24.0% 21.6%
動力光熱費の比率 11.3 8.4 10.7 21.9
荷造運賃手数料の比率 12.4 14.5 12.8 12.4
雇人費の比率 5.7 3.5 8.3 8.7

※金額の単位は千円
※比率とは収入金額を100とした費用額の率

出荷量No.1のキク栽培農家は、割と平均的な経営であると言えます。葬儀に使われるキクは季節と関係なく1年じゅう出荷しなければならないので、電照栽培により開花調整を行う必要があるため、多くの電気代がかかると思われます。

動力光熱費は確かに高いのですが、バラよりは低いという結果です。動力光熱費の中には燃料代も入っています。バラは温帯性の植物なので暖房経費がより多くかかっていると思われます。

2022年からのガソリン代の高騰は皆さんご存知のことと思いますが、ボイラーの重油も上がっています。そして、電気代も経済産業省 資源エネルギー庁のサイトに掲載されている「家庭用電気料金月別単価の推移」のグラフを見ると、2021年4月頃と2022年12月を比べると約1.4倍になっています。

愛知県のキクについて掘り下げる

花き農家の動力光熱費について、キクについてもう少し掘り下げて分析してみたいと思います。

農林水産省の資料では、キクの都道府県別出荷量割合は、愛知県が36%で最も高く、次いで沖縄県が18%、福岡県が6%、鹿児島県が5%、長崎県が4%となっており、この5県で全国の約7割を占めるそうです。

全国No.1の愛知県では、その半分以上が電照栽培で生産されているそうで、渥美半島が主要生産地で、一年中栽培が可能です。渥美半島のハウスの灯りは、夜を美しく彩るイルミネーションのようだと観光名所にもなっています。

農業簿記データのキク農家78件を都道府県別に分類したところ、データ件数が愛知県の次に栃木県のキク農家が多かったので、この2つの県のキク農家の経営を比べてみました。

下の表を見ると、収入金額はほぼ同じ、動力光熱費や他の費用が低く、世帯農業所得は愛知県が800万円と高所得、所得率も36.7%と高いです。

キクの産地別一戸当りの平均値
愛知県
経営体数:14
栃木県
経営体数:10
収入金額 21,980 22,696
世帯農業所得 8,071 4,493
世帯農業所得率 36.7% 19.8%
動力光熱費の比率 13.5 18.0
荷造運賃手数料の比率 3.0 13.2
雇人費の比率 2.6 6.7

※金額の単位は千円
※比率とは収入金額を100とした費用額の率

ちなみに、愛知県の2021年の収入金額平均は2,780万円、世帯農業所得額は935万円でしたので、2022年はあまり良くない年だったようです。

下の表の2021年と2022年の動力光熱費を比較してみたところ、愛知県はさほど変化は無いですが、栃木県は95万円もアップしています。

愛知県と栃木県のキク農家の2021年と2022年の動力光熱費
2021年 2022年
愛知県 動力光熱費 3,090 2,971
愛知県 動力光熱費の比率 11.1 13.5
栃木県 動力光熱費 3,132 4,087
栃木県 動力光熱費の比率 12.4 18.0

※金額の単位は千円。
※比率とは収入金額を100とした費用額の率

何かしら愛知県のキク農家は工夫しているのではないかと思われますので、ぜひインタビューして秘訣を聞いてみたいですね。

まとめ

近年の燃料や電力の価格高騰は、1年じゅう栽培を続ける花き農家の経営に影響があることがわかりました。しかし、愛知県のキク農家は何かしら工夫をしてコストを低く抑えています。

電照栽培における電球は、昔は電力をたくさん使う白熱電球でしたが、最近は蛍光球、発光ダイオード(LED)なども使われています。LEDは白熱電球より消費電力が15分の1、寿命も20~30倍長いという利点がありますので、初期投資にお金はかかりますが、維持コストは低くなります。

また、赤と青のLEDを組み合わせることで、生育調整や防虫効果も期待できるそうです。
さらに、ヒートポンプ(化石燃料を燃やさずに空気の中にある熱エネルギーを集めて温度制御に使う省エネルギー技術)の導入も進んできています。

花をさらに付加価値の高いものとして高く売る工夫と、テクノロジーを駆使してコストを下げる工夫を、花き農家と指導機関みんなで知恵を出していきましょう。

関連リンク

農林水産省「作況調査(花き)
経済産業省「資源エネルギー庁

南石名誉教授のコメント

花き経営が栽培する作物は、日々の暮らしに潤いを与えるだけでなく、慶事や弔事に必須の品ともいえます。今回の分析対象のキクは、わが国ではユリと共に仏花の代表格です。

一般的には、仏花は景気の影響を受けにくい安定した需要が期待できる作物ですが、「新型コロナウイルスの感染拡大で法事の自粛や葬儀の規模縮小が影響した」、「菊の卸値が前年に比べ1~2割下がっている」といった報道が2020年にはありました。

今回の分析から、キクを栽培していても、愛知県と栃木県の農家の収入金額は概ね同じであるにもかかわらず、愛知県の世帯農業所得や世帯農業所得率は、栃木県よりもかなり高いことが分かりました。一方、栃木県の農家の収入金額に占める動力光熱費、荷造運賃手数料、雇人費の割合は、愛知県の農家よりも相当大きいことが、明らかになりました。

一般的には、市場規模の大きい都市から遠方になるほど荷造運賃手数料は増加する傾向があります。また、生産規模が拡大して雇用が増加すると雇人費が増加します。さらに、冬季の加温が必要な出荷形態や立地条件や気象条件の場合には、動力光熱費が増加します。

栃木県のキクの産地は、愛知県の産地と比較して、これらの条件が重なって経費が高くなっている可能性があります。農業経営は立地の影響を色濃く受けることを改めて感じます。今後のさらなる分析や実態把握が期待されます。

 この記事を作ったのは 農業利益創造研究所 編集部

農業者の簿記データとリサーチデータをデータサイエンスで統計分析・研究した結果を、当サイトを中心に様々なメディアを通じて情報発信することで、農業経営利益の向上に寄与することを目標としています。