
個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
2022年の農林水産省統計資料によると、販売農家数は102万件、農業法人2万件(うち株式会社8,000件)です。圧倒的に個人事業経営が多いのですが、大規模経営を目指したり、多角的なビジネスを行う場合に、株式会社や農事組合法人になるケースが多いようです。
農業法人のメリットは何か、そしてどれくらいの経営規模なら農業法人にした方が良いのか、を実際の簿記データも交えて、考えてみましょう。
農業法人のメリットは
農業法人の形態には大きく分けて会社法人(株式会社や有限会社)と農事組合法人の2種類があります。
会社法人は商法による会社ですので、農業生産以外にもレストラン経営など営利目的で様々なビジネスが行えます。農事組合法人は農協法によって設立されるものであり、比較的法人化しやすいのですが、事業としてできることに制限があります。
では、農業法人にはどのようなメリットがあるのでしょうか。主なポイントだけ解説します。
1.税負担の軽減につながる
個人事業の場合は、経営者の所得は事業所得であり、税率が高くなる場合があります。法人にして役員報酬を給与所得にすることで、節税できます。
2.対外信用力が向上する
外部との取引で信用されやすくなったり、融資を受けやすくなります。
3.労働環境の改善と人材の確保
従業員を社会保険や厚生年金に加入させることが義務となり、福利厚生が充実するので、新規採用が有利になります。
4.事業の継続性
家族の後継者がいなくても第三者を迎え入れての経営の継承が行いやすくなります。
これらのメリットの他にも、経営管理の手法が組織的になり、飛躍的に経営が変わって大きなビジネスになる可能性が出てきます。しかし、メリットばかりではありません。
1.従業員の社会保険料の半額が会社負担になる
2.会社設立の費用がかかったり、経理や申告が難しくなるので税理士にお願いすることになる
また、会社法人と農事組合法人のどちらを選択するかも重要です。農産物の加工や販売まで行いビジネスを大きくしたい場合や、従業員をたくさん採用したい場合は会社法人にした方が良いかもしれません。
農事組合法人は、企業というよりも協同組合に近い組織であり、何件かの農家が集まっての設備の共同利用や共同作業というような経営形態をとる場合が多いです。構成員は理事も含めて農業関係者に限定されますし、出資者全員に議決権があるので、意見が一致しないと物事が滞ったりする可能性もあります。
しかし、単に規模が大きくなったから法人にしようという考え方は、必ずしも正しくないかもしれません。ここで農業簿記ユーザーのデータを見て分析してみましょう。
大規模個人事業の経営実態
農業簿記ユーザーの普通作経営(水稲+麦・大豆)3,179件、野菜経営4,539件のデータを分析し、収入金額規模別に、世帯農業所得(控除前所得+専従者給与)と所得率(世帯農業所得÷収入金額)をグラフにしました。
ご覧のように、普通作は収入金額が増加すると所得額も増えていきますが、7,000万円を超えると所得率が低下しています。つまり大規模化により経営管理が粗くなってコストが余計にかかり、経営効率が落ちるということです。
野菜も同じように7,000万円あたりから経営効率が落ちています。収入金額7,000万円くらいまでは個人事業経営で十分所得が得られて、安定経営が継続できると思われますが、それ以上の規模になったら経営構造を変えた方が良いかもしれません。
つまり経営者一人の管理では無理が出てくるので、この規模を節目として法人経営になり、優秀な人を雇い、組織的経営に変えていくという選択もあるのではないでしょうか。
農業法人の経営実態
2021年の農業簿記ユーザーの中では会社法人は1,216件、農事組合法人は1,222件でありほぼ同数でした。農業法人のデータから営農類型を特定することができませんので、単純に売上規模別に営業利益と税引前当期利益を集計してみました。
営業利益は、農産物の販売金額や受託収益の合計から生産原価と販売費一般管理費を差し引いた純粋な営業活動の結果の利益です。その営業利益に営業外収益(補助金など)を足して、営業外費用を引いたものが税引前当期利益となります。
グラフの通り、会社法人は、売上2億円までは営業利益はマイナスとなっており、2億円以上の経営から組織経営のメリットが出始めて、5億円になると飛躍的な利益が出ていることがわかります。
農事組合法人は、規模が大きくなっても営業利益はマイナスのままです。利益を追求する企業では無いので当然と言えば当然かもしれません。いずれにしても、規模が小さいと農業法人にするメリットが少ないということがわかります。
農業法人の設立方法
もし、個人事業から農業法人に変えようと選択した場合、それなりに手間のかかる設立手順を進めていかなければなりません。
ビジネスを大きくしていきたいという目標があれば「株式会社」に、まずは農家の仲間と立ち上げて共同の力で効率経営したい場合は「農事組合法人」が良いかと思います。手続き等に関して必要なサポートは、各都道府県の農業会議や農業法人協会等で行っていますので、農業法人設立を検討されている方はまず相談してみましょう。
詳しい手続きについては、この記事の最後にある、農林水産省のホームページを確認してみてください。
まとめ
個人事業から法人経営に変えるかどうかの分岐点は、収入金額7,000万円、そして会社法人にした場合は売上が2億円以上を目指したい、ということがわかりました。売上1億円から2億円までは当期利益は出るけれど、試行錯誤の段階なのかもしれません。
いずれにしても、個人事業経営でもすばらしい経営はたくさんありますし、無理に法人にする必要もありません。農業法人にするかどうかは、経営者の考え方次第ですし、将来の経営方針まで見通して慎重に検討していきましょう。
ただ、個人事業経営のままだとしても、事業と家庭が一緒になるような曖昧な経営はよろしくないので、それぞれの役割を明確にするために話し合い、「家族経営協定」を結んでメリハリをつけることをお勧めします。
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南石教授のコメント
農業経済学や農業経営学の関連学会では、しばしば、個人経営と法人経営の特徴や有効性が議論になります。農業は個人経営が適しているし、個人経営によって担われるのが社会的にも望ましいとの意見も根強く聞かれます。
その一方で、現在の経営環境や技術開発状況の下では、法人経営の有利性が増しており、法人経営と個人経営の棲み分けが社会的にも望ましいとの意見もあります。また、農業者の立場からみれば、就農時には多くの場合、個人経営から始める場合が多くみられます。その後の経営発展を考える場合に、個人経営という形態を維持するのが良いのか、ある段階で法人経営へ移行するのが良いのか、それはどの段階か、といったことは重要な経営判断になります。
こうした判断は、第1に経営の目的・方針によって規定されます。例えば、農業をビジネスとしてとらえて、その発展を目指すのであれば、法人設立を目指すことは当然のことです。あるいは、農的な豊かな暮らしの実現を目指すのであれば、個人経営という形態が望ましい場合が多くあります。
今回の分析結果は、売上高の増加が、農業経営の収益性にどのような影響を及ぼすかを分析したものです。個人経営では収益性の重要な指標は所得や所得率になります。法人経営では、利益や利益率が収益性の重要な指標になります。分析結果は、経済的には、売上高が7,000万円までは個人経営が有利であり、2億円以上になると法人経営(会社経営)が有利になることを示しています。売上高が7,000万から2億円までの間では、個々の経営の状況や経営の目的、経営者の意向等の様々な要因によって、個人経営と法人経営のどちらが望ましいのかが変わるように思われます。