農業利益創造研究所

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静岡県で何が起こった? 2021年の所得大幅増加の秘密はお茶に!

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

2021年に最も経営が改善した都道府県はどこだったのでしょうか? 全国47都道府県のうち、世帯農業所得(平均)が前年の2020年から最も増加した県を調べると、トップは静岡県でした。

以下の表の通り、静岡県の青色申告農家の所得は、前年より1,112千円、24.3%の増加です。コロナの影響で、全国平均は所得21千円の減少、マイナス0.4%ですから、この静岡県の増加は際立っていると言えます。

2021年2020年
経営体数25924217107.0%
世帯農業所得5,6884,5761,112124.3%

※金額の単位は千円

静岡県の集計対象の経営体数は、2021年で17件(7%)増えましたが、その増加した経営体がよほどの大規模経営体でなければ、この程度の増加件数で平均所得が大きく上昇するとは考えられません。およそ静岡県の農家の経営自体に何らかの大きな変化があったと思われます。今回は、この静岡県の所得増加の原因を考えてみます。

静岡県の所得増加はお茶にあり

以下の表は静岡県の世帯農業所得を経営類型ごとに表したものです。

2021年データ
経営体数所得金額所得金額前年差
普通作119,7321,286
野菜855,362121
果樹266,2781,239
酪農64,136-3,538
肉牛5-336-1,495
花卉197,6903,556
工芸作物796,0162,608

※金額の単位は千円

静岡県は経営体数的には野菜経営が85件と最も多いのですが、世帯農業所得は前年比で121千円しか増加していませんので、2021年の所得増加は野菜農家の影響ではなさそうです。所得の増加額では花卉経営が3,556千円と最も多いのですが、これは逆に件数が19件と少なく、静岡県全体の所得を底上げするほどの影響はないでしょう。

では、どこが最も静岡県の所得増加に貢献したのか? それは件数と所得の増加額が共に2番目に大きい、工芸作物の経営体だと思われます。

静岡県の工芸作物は全てお茶です。つまり静岡県のお茶農家の経営が大きく改善したことが、県の世帯農業所得を大きく上昇させた原因と言えそうです。

禍を転じて福となす?

静岡県は言わずと知れたお茶の大産地です。近年は鹿児島県が追い上げていますが、2021年の荒茶の生産量では全国1位を維持しています。

以下は静岡県のお茶農家の経営概要です。

2021年2020年
経営体数796613119.7%
収入金額合計17,26013,9943,266123.3%
販売金額13,74310,7273,016128.1%
うち茶販売金額12,3729,4032,969131.6%
農業経営費11,24010,585655106.2%
世帯農業所得6,0163,4082,608176.5%
世帯農業所得率34.9%24.4%10.5%

※金額の単位は千円

世帯農業所得2,608千円の増加(76.5%増)は、一重にお茶の販売金額の増加によるもので、それ以外の作物の売上増加や費用の削減によるものではないでしょう。

お茶の販売高を月ごとに見ると、2021年は新茶の出る4月以降すべての月で2020年を上回っています。つまり一時的なものではなく年間を通じた販売高の増加があり、大きな需給構造の変化があったようにも思われます。

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これについて新聞では、このお茶の売上増加はコロナ禍による「巣ごもり需要」と「健康志向」が強まったため、家庭用のリーフ茶の需要が増えたからだと報じています。ですからこれは静岡県に限った話ではなく、全国のお茶農家も同様に売上が上がったと思われ、実際2021年の農業簿記データでは、静岡県に並ぶお茶産地である鹿児島県の農家の所得も、静岡県に次いで増加しています(鹿児島県の平均世帯農業所得713千円、20.8%の前年比増加)。

「捨てる神あれば拾う神あり」ではないですが、新型コロナによる経済的な打撃を受ける人が多い中で、お茶農家にとってはコロナが思わぬ追い風になったのかもしれません。

出荷経費が極めて低いお茶経営

せっかくですから、静岡県のお茶農家の経営をもう少し見てみましょう。以下は、静岡県の特徴的な損益項目です。

損益項目静岡県
お茶農家※
都府県
野菜経営との差
都府県
果樹経営との差
雑収入19.8%7.1%10.4%
肥料費12.0%7.2%9.1%
農薬衛生費7.7%4.1%1.8%
減価償却費6.8%-1.7%-0.3%
雇人費3.9%-3.5%-3.0%
荷造運賃手数料2.0%-12.7%-13.3%

※収入金額合計を100とした時の各残高の割合

まず雑収入が非常に多いことが確認されました。この雑収入は「高収益作物次期作支援交付金」が多くをしめています。ご存知の通りこの「高収益作物次期作支援交付金」はコロナ対策として2020年~2021年にかけて国から交付されたものなので、この雑収入の多さはコロナ期特有の現象と考えられそうです。

お茶栽培は昔から肥料が多いと言われ、静岡県では施肥基準の見直しなどが行われ多肥栽培からの脱却が試みられているようですが、それでも依然として他品目と比べると非常に多くなっています。また農薬衛生費も多く、果樹経営よりもかかっているということには正直驚かされました。

農薬に関しては、少し前に週刊誌で「日本茶は農薬まみれ」という記事が掲載されたようです。もちろんその記事に対する反論もあり、ここではその是非は論じませんが、農業経営の視点から述べると、コストのかかる農薬を好きで沢山使う農家はいない、ということは言えるでしょう。

減価償却費と雇人費という固定費が共に低くなっています。近年お茶の需要は低下しており、お茶農家の経営が苦しいという話はよく耳にしました。そんな状況下で、これらの固定費が低く抑えられているということは、長年のお茶農家の様々な経営努力の成果であると考えられると同時に、規模拡大や設備投資などに消極的になっているからとも読めなくもありません。

またさらに特徴的なのは、荷造運賃手数料が極めて低いということです。これは多くのお茶農家が近隣の製茶工場(組合)に出荷したり、買葉業者に直接販売したりするなど、生鮮野菜等とは異なる独自の流通形態をとっていることに関係していると思われます。

所得が大きく上がったものの保守的な財務運営

以上のような所得の大幅な増加は、農家の財務状況にどういう変化をもたらせたでしょうか。2021年の静岡県のお茶農家の貸借対照表の変化を見てみます。

期首期末
【流動資産】
普通預金2,5554,9462,391
定期預金1,8231,979156
その他預金413762349
【固定資産】
建物・構築物3,8073,925118
農機具等5,0764,819-257
果樹・牛馬等123114-8
【負債】
買掛金161142-18
借入金3,7914,601810
未払い金11576-39

※金額の単位は千円

預金は2,896(2,391+156+349)千円増加していますが、減価償却資産は147(118-257-8)千円ほど減少しました。また負債も753(-18+810-39)千円ほど増加しています。

つまり、静岡県のお茶農家は、所得の増加に伴い預金も増加したが、設備投資に回すほどの余裕(もしくは意欲)はないということなのかもしれません。また、負債の増加は運転資金の一部を賄っているものと考えられ、まだまだ経営的に厳しい状況にもあるということが想像されます。

2021年は所得が大きく増加したとはいえ、その原因はコロナというの「外部環境の変化」によってもたらされたものです。外部環境とは、経営者の努力ではコントロール出来ない経営要因を指し、予期せぬ動きを突然起こす場合があります。今回は静岡のお茶農家にとってプラスの動きをしましたが、今後どうなるかは全く予想がつきません。

この「外部環境の変化」に対応するための経営方策の一つは「備え」です。「備え」とは保険の活用なども指すのですが、基本的には「内部留保」を蓄え経営体力を充実させることでしょう。

その点から見ると静岡県のお茶農家の財務動向は経営の原則に沿ったものであり、今回の所得アップに対しても非常に冷静な態度をとっていると思われます。

以上のとおり、2021年の静岡県の大きな所得増加は、コロナ禍によるお茶農家の売上増加によってもたらされたものです。しかしこの伸びは一時的であるという見立てなのか、当のお茶農家は設備投資を行わず、増加した所得を運転資金や内部留保に回しているという状況です。

2021年に大躍進があった静岡県ですが、もろ手を挙げて喜べるのはもう少し先、ということなのかもしれません。

南石教授のコメント

新型コロナウイルス感染拡大は、様々な産業に影響を及ぼしていますが、産業によって影響の度合いが異なります。飲食業や宿泊業等が大きな影響を受けた業種として知られています。これらの業種に比較すると、農業が受けた影響は相対的には小さかったといえますが、個々の作目や経営をみれば、様々な影響を受けています。

今回の分析では、2020年と比較して2021年の所得増が大きかった作目は、花きと工芸作目(お茶)という結果になりました。これらの作目に共通する点として、嗜好品であることがありそうです。必需品に対して、嗜好品の需要は、社会経済環境の変化の影響を受けて変動しやすい傾向があります。

これに対して、主食であるコメあるいはパン、麺、一部の野菜等は、食事に欠かせない必需品です。こうした必需品は、社会経済環境が変化しても需要の変動が小さい傾向があります。

今回の分析結果は、静岡の花きやお茶の2021年の需要は、2020年に比較して拡大したことを示していますが、その背景にはコロナ禍の影響があったことは確かなようです。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所