農業利益創造研究所

作目

ポテチが消えた? 2021年の北海道のジャガイモ経営はどうだった?

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

日本の食生活に欠かせないジャガイモ。その国内生産の8割は北海道が担っています。ですから北海道のジャガイモが不足すると他の産地では代替ができず、一気に我々の生活からジャガイモやその関連食品が消えてしまうことになります。実際2021年の夏は、北海道が高温少雨の異常気象におそわれたため、日本中でジャガイモが大きく不足する事態になりました。

このように国内のジャガイモ供給には、短期的には北海道の気候が非常に大きな影響を及ぼすわけですが、長期的にはそれを作っている農家の経営状況も関係してきます。北海道のジャガイモ農家の経営が厳しくなり、作り手が少なくなったら、我々消費者も今まで通りにジャガイモを食べる事が出来なくなる可能性があるからです。

では、北海道のジャガイモ農家の経営は、実際どうなっているのでしょうか?

北海道のジャガイモ農家は収益分散型の経営

2021年の経営概況を見ると、まず北海道のジャガイモ農家の経営規模が非常に大きいことが分かります。収益金額合計で見ると57,439千円と都府県のジャガイモ農家の3倍の規模で、さすがに北海道という感じです。

しかしその構成(収入金額合計を100と見た時の割合)をみると、意外にもジャガイモ自体の販売高の割合は29.3%と低く、ジャガイモ以外の作物の販売高(34.7%=64.0%-29.3%)と雑収入(35.9%)が多いことに気づかされます。つまり北海道のジャガイモ農家はジャガイモへの依存度が高くないということです。

北海道
ジャガイモ経営
経営体数:221
都府県
ジャガイモ経営
経営体数:67
全国
野菜作経営
経営体数:4539
販売金額36,75364.0%16,44182.5%18,23780.6%
 うちジャガイモ販売額16,83729.3%11,41957.3%
雑収入20,61435.9%3,48217.5%4,26618.9%
収入金額合計57,439100.0%19,923100.0%22,626100.0%
世帯農業所得16,24628.3%6,01030.2%6,13027.1%

※割合は収入金額合計を100と見た時の割合。金額の単位は千円

北海道のジャガイモ農家はテンサイと兼営しているパターンが多く、221件のうち約半数の108件が2番手作物としてテンサイを作っています(2021年は平均約500万円以上の販売高)。

ジャガイモとテンサイは収穫時期が1~2か月ほどズレるのでその点の相性も良いのかもしれませんが、何よりテンサイは経営所得安定対策の対象品目なので、多額の交付金が見込めるというメリットがあります。北海道のジャガイモ農家の雑収入が多いのは、これが理由でしょう。

ただし、所得率は都府県のジャガイモ農家を下回りました。原因は、北海道のジャガイモ農家の肥料費、農薬衛生費、減価償却費、地代賃借料などの生産費の割合が高いことです(詳細は後述)。

不作の影響が全く見られない経営結果

2021年は冒頭述べたジャガイモの不作がありましたが、経営にはどのくらいの影響があったのでしょうか。経営概要を2020年と比較してみました。

2020年
経営体数:219
2021年-2020年
経営体数の差:2
販売金額32,54165.3%4,212
うちジャガイモ販売額14,61829.3%2,219
雑収入17,47935.1%3,135
収入金額合計49,836100.0%7,603
世帯農業所得13,41926.9%2,827
世帯農業所得率26.9%1.4%

※割合は収入金額合計を100と見た時の割合。金額の単位は千円

意外なことに、所得額や所得率だけでなく収入金額や販売金額も2021年は増加しています。ポテトチップスが店頭から消えるぐらいの不作だったにも関わらず、北海道のジャガイモ農家の経営は良くなっているのです

考えられる理由は、“数量が減った代わりに単価が上がった”ということです。2021年の農産物棚卸を見ると期首と期末ではほとんど金額が変わっていません。つまり仮に不作によって2021年の在庫数が少なくなったとしても、前年の在庫評価と同じだということは、その分単価が高かったということになります。ですから販売金額も落ち込むことはなかった(かえって増加した)のではないでしょうか。

2021年
期首農産物棚卸高4,959
期末農産物棚卸高4,993

※金額の単位は千円

もっとも棚卸も農家の皆が皆高い精度でやっているとは限りません。北海道のジャガイモは夏から秋に収穫されますが、保管が効くため出荷は年をまたいで半年以上に渡って行われます。

だから棚卸しなければならないのですが、棚卸の精度が低いかそもそもやっていない場合は、2021年の販売金額に2020年の収穫分が含まれてしまいます。そうなると不作の影響は2021年の決算書にはあまり表れず、2022年の決算書に表れることになります。

また不作だと生産・出荷数量が少なくなるので手間や資材費は減ります。ですから販売金額が変わらないとすると、所得額や取得率は上がります。“不作の時の方が農家は儲かる”という現象は、実はよくあることで、もしかしたら2021年の北海道のジャガイモ農家もこのパターンなのかもしれません。

もう一点、不作にもかかわらず経営が良かった理由として、北海道のジャガイモ農家が分散型の経営形態であることがあげられます。メイン作物に生産を集中すれば、経営上いろいろ効率化が測れますが、反面その作物が何らかの理由で“コケる”と、大きく収入が減少します。しかし複数の品目を生産して収入源を分散させれば毎期の効率は落ちるものの、長期的には不作等のリスクは軽減されます。

北海道のジャガイモ農家は先に述べたとおり、テンサイの販売やその交付金などの収入も一定額ある分散型の経営体です。このことが2021年のジャガイモの不作の影響を受けない経営結果になったのかもしれません(ただし、よりジャガイモ集中度の高い都府県の農家よりも毎期の所得率は低くなります)。

経営規模の拡大による経営効率の変化は見られない

以下の図は北海道のジャガイモ経営の収益規模(経営規模)ごとの、世帯農業所得率と減価償却費の割合(減価償却費÷収益金額合計)です。

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この図は経営作物ごとに特徴が出るもので、都府県の野菜経営は所得率の線が山形を描く傾向にあります。つまり小規模な段階では規模拡大により所得率も上昇するのですが、一定規模を越えると逆に所得率が低くなるのです。その一番大きな原因は、経営規模が大きくなるにつれ減価償却費の割合が大きくなり、過剰投資の状態になる傾向があるからです。

では北海道のジャガイモ経営はどうかと言うと、この図では所得率の線が若干右肩下がりの傾向にあるものの、あまり大きな変化を示していません。つまり経営規模が変わっても経営効率に変化がないということです。

これは減価償却費の割合に変化がないことが大きな要因であり、それはそれで極めて特徴的なことといえます。北海道は充分な耕作地があるため投下設備が過剰になることは、都府県に比べると少ないのかもしれません。

費用から見える北海道農業の特徴

主要な生産費は以下の通りです。

北海道
ジャガイモ経営
都府県
ジャガイモ経営
全国
野菜作経営
種苗費2,7334.8%1,0565.3%8893.9%
肥料費4,9808.7%1,4007.0%1,3195.8%
農薬衛生費3,4566.0%8844.4%9364.1%
減価償却費4,9998.7%1,5237.6%1,8738.3%
雇人費5150.9%8044.0%1,2205.4%
地代賃借料4,9448.6%7233.6%9664.3%
荷造運賃手数料5,6209.8%2,45312.3%3,30814.6%

※割合は収入金額合計を100と見た時の割合。金額の単位は千円

北海道のジャガイモ農家の特徴は、まず雇人費が少ないことがあげられます。これは機械化が非常に進んでいるからなのでしょうが、実は減価償却費自体もさほど多くありません。この一方で、地代賃借料は非常に大きくなっています。これはどういうことでしょうか。

およそこの地代賃借料には土地代のほか農機等の賃借料が含まれており、実質的には設備が充分に使える状態にあると思われます。なお、一般的には設備を賃借料で賄うということは、毎年必要な分だけ費用化できるということなので、設備そのものを購入するよりも過剰投資のリスクは低くなるというメリットもあります。

また農業の場合、設備に対する賃借料は、補助事業などを活用して共同で導入した設備や機械に対する“負担金”のようものが多いので、それが多いということは、逆に積極的に補助事業を活用することができているといえます。ですから実際に使っている設備に比べ、コスト自体が非常に低く抑えられている可能性もあります。

いずれにしてもこのように農業設備の賃借料が多いということが、先に述べた規模拡大しても過大投資にならないという北海道のジャガイモ農家の特徴を形作っているのかもしれません。補助事業の活用によるコスト削減に加え、固定費の変動費化によって生産規模に設備を合わせやすくなっているということです。

荷造運賃手数料が低い原因も推測の域を出ませんが、ジャガイモの保管施設の利用料などが低く抑えられていることが理由ではないでしょうか。ジャガイモは収穫した後、一定期間保存をして出荷するのですが、北海道はJAなどに大規模なジャガイモの出荷・貯蔵施設があるので、それらの大規模施設を活用することで、都府県のジャガイモ農家よりも設備利用料や出荷手数料が低く抑えられているからなのかもしれません。

このように雇人費や減価償却費、賃借料、荷運賃等の費用の大小やその関係を考えると、北海道農業の特徴がよくわかるような気がします。

不作の年でも安定的な経営を維持できる北海道のジャガイモ農家。国内シェア8割を守り続ける経営力はやはり伊達ではありません。

南石教授のコメント

農業界では、「豊作貧乏」ということがしばしばおこります。天候に恵まれ豊作になり、生産量が増加すると、市場での取引価格が大幅に下落して、結果的に売上高が減少して経費をも下回り赤字になることがあります。逆に、天候に恵まれず不作になり、生産量が減少すると取引価格が大幅に高騰して、結果的に売上高が増回して経費を大きく上回り相当の所得が得られることがあります。いわば、「不作裕福」です。

こうした現象は、生活必需品的な性質の強い農作物(食料)で特に顕著にみられます。消費者の購入量が、小売店での価格にあまり影響を受けないためによっておこります。経済学では、需要が価格に対して硬直的(需要の価格弾力性が小さい)といわれることもあります。

「豊作」で販売価格が下落すると、出荷に伴う赤字を回避するため、折角実った農作物がやむを得ず畑にすき込まれる場合もあります。食料や資源の有効利用という点からみれば、社会的には望ましいことではありません。しかし、長期間貯蔵や加工に馴染まない農作物の場合には、農業経営者としては他の選択肢がないのです。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所